<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 自然放射線と健康
<タイトル>
乳幼児の死亡率に関するスターングラスの説 (09-02-07-04)

<概要>
 E.J.スターングラス博士は、低線量放射線の健康への影響がICRP報告書等で述べられている見積りよりも大きく、かつ、極低線量域では線量率が低い方が放射線の効果が大きいこと特に乳幼児に対するリスクは高く、核実験フォールアウトTMI事故により放出された放射能によって乳幼児の死亡率が上がり、またそれらの放射能による胎児期の被曝によって青少年の知能低下が生じた、等と主張した(1960〜1970年代)。これらの仮説について米国科学アカデミー委員会(1982年)等は「乳児死亡率の増加は疫学的に確証されない。極低線量域の効果についてはその理論的根拠となった試験管内実験による細胞膜への影響は科学的に認められるが、細胞膜損傷と発病や自己免疫疾患との関係は確立されておらず、また多数の実験結果は低線量、低線量率で発がん誘発率が高くなるという仮説を支持していないので、更に研究が必要である」としている。
<更新年月>
1998年05月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.スターングラス博士
 スターングラス(Ernst J. Sternglass)博士(1923年ベルリン生) はピッツバーグ大学医学部放射線科教授を務める放射線物理学者であり、医療被曝の低減化策等の研究を行っている。彼はアリス・スチュワート(英国)博士の胎児期のX線 診断による小児白血病増加説に触発されて低線量放射線のリスクについて関心を抱いて理論的研究を始め、低線量放射線のリスクがICRP報告書等で述べられている値よりも高いことや胎児、乳幼児のリスクが高いことなどを主張して来ている。

2.低線量放射線の影響に関するスターングラス博士の説
 スターングラスは低線量放射線のリスクが高いことに関して、その時々のある時期に社会的な関心を招くようないくつかの仮説を唱えてきている。その主要なものは以下の如くである。
 (1) 放射線の線量が非常に低い極低線量域では生物への線量と効果とは直接的関係ではなくなり、線量が低い方が効果はかえって大きくなる(1972年)。
 (2) 低線量放射線の健康リスクはICRPなどが主張する値より大きく、例えば乳児死亡の倍加線量は 450ミリレムである(1972年)。
 (3) 米国や中国の核爆発実験のフォールアウト(放射性降下物)によって乳幼児の死亡率が増加した (Science誌1963年、ハンフォードシンポジウム1969年等で発表)。
 (4) フォールアウトによる胎児期の被曝により知能低下(学習適正検査の成績低下)が生じた(1979年アメリカ心理学会で発表)。
 (5) スリーマイル島原子力発電所の事故によって放出された放射能によって胎児死亡率が増加した(1979年、イスラエルで講演)。

3.スターングラスの説に対する反論と考察
 極低線量域の放射線影響が「直接関係をはずれて線量が低くなる程影響が大きくなる」ことに関して、スターングラスはペトコウ(A. Petkauら1972年) がモデル細胞膜(二重層脂質膜)を用いた試験管内の実験で示した結果をその根拠としている。BEIR委員会(BEIR−・、1980年)によると、このペトコウらの実験結果自体は、科学的に認められるものであるけれども、モデル細胞膜で観察された放射線損傷が、生体の細胞膜でも同様に起こるかどうかは明かでなく、また、細胞膜の損傷が放射線による発がんや自己免疫疾患に直接結びついているという証拠はない上に動物実験でも低線量、低線量率で発がん誘発率が高くなるという結果は認められていないので、更に研究が必要である、としている。
 核実験のフォールアウトやTMI事故により放出された放射能によって乳児の死亡率が高まったとの説に対しては統計処理上問題があるとか、他の政府機関等の解析ではそのような結果が認められていないとされている。TMI事故の健康影響についてはペンシルバニア州保健局徳旗(トクハタ)博士らが別に詳しい統計・疫学的解析を行いスターングラスの主張するような乳児死亡率増加は認められないと、否定している(1979年、1981年)。
 胎児期被曝と知能低下との関係に関しては、1980年代に広島・長崎の原爆被曝者のデータ(高線量率、高線量1回被曝)から胎児期被曝によって知能指数の低下が起こること、その線量効果関係には閾値があることなどが認められ、ICRPの1990年勧告(Publ.60)にもその事実が記載されている。したがって、核実験フォールアウトによる低線量放射線の胎児期被曝の結果として知能低下が生じた、というスターングラスの仮説(1970年頃の主張)は理論的には「あり得る」かもしれないが、スターングラスが取り上げた事例で胎児の被曝線量が実際にどの位であったかが問題であり、それが確認されていないので、推測・仮説の域にとどまっているとせざるを得ない。
<関連タイトル>
中国の高自然放射線地域における住民の健康調査 (09-02-07-01)
インドの高自然放射線地域における住民の健康調査 (09-02-07-02)
ブラジルの高自然放射線地域における住民の健康調査 (09-02-07-03)
放射線感受性についてのブロスの説 (09-02-07-05)
米国自然放射線の疫学調査(フリゲリオら) (09-02-07-06)
米国自然放射線の疫学調査(アーチャーら) (09-02-07-07)
英国における原子力施設周辺の小児白血病 (09-03-01-01)
米国TMI事故の健康への影響 (09-03-01-04)
チェルノブイル事故による健康影響 (09-03-01-06)
放射線の晩発性影響 (09-02-03-02)

<参考文献>
(1) REIR-III報告書、1980 ”The Effects on Populations of Low Levels of Ionizing Radiation: 1980”「低線量電離放射線の被曝によるヒト集団への影響」(日本語版;ソフトサイエンス社)1983年
(2) E.J.スターングラス Secret Fallout(日本語版;「赤ん坊をおそう放射能」新泉社、1982年)
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