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<概要>
 生物の基本構成単位は細胞であり、細胞は、細胞から細胞分裂によって生まれてくる。細胞分裂をする際に遺伝情報は、複製されて染色体という遺伝子の担い手に載せられて新生細胞に受け渡される。染色体は、細胞が分裂する直前に凝縮し顕微鏡下で観察できるようになる。血液中のリンパ球は、培養することにより細胞分裂を容易に誘導できるため、染色体の観察材料として用いられる。放射線などの変異原は、染色体を切断し、細胞はそれらの切断を修復するがその過程で誤りを犯すことがあり、そのために染色体異常が誘発される。放射線による染色体異常は、被ばく線量に相関して誘発されるため生物学的線量推定の指標となる。
<更新年月>
2002年10月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.染色体の形態
  図1 に示されるように、ヒトの正常染色体数は46(2n=46,XXまたは46,XY)で父方からの精子(n=23,Xまたは23,Y)と母方からの卵子(n=23,X)を介して子に伝えられて行く。正常染色体には動原体と呼ばれるくびれが必ず一箇所ある。動原体を境に短い方を短腕、長い方を長腕と呼ぶ。分裂中期では各腕は2本の染色分体から構成されている。
2.染色体異常の種類
(1)数の異常
 染色体数が46(2n)以外であり、数個多かったり少なかったりするものを異数体といい、23の倍数で多かったり少なかったりするものを倍数体異常と呼ぶ。異数体には染色体対の片方が失われたモノソミー(2n=45)、1個増えたトリソミー(2n=47)などがあり、倍数体異常には半数体(n)、3倍体(3n)、4倍体(4n)などがある。
(2)構造の異常
 染色体の切断再結合のミスにより生ずる構造異常は、両方の染色分体の同じ位置に異常部を持つ染色体型異常( 図2 A、 図3 A-G)と片方の染色分体のみに異常部を持つ染色分体型異常(図2B)とに分けられる。また、細胞分裂により消失する不安定型異常(染色体断片、環状染色体、2動原体、3動原体など)と消失しないで新生細胞に受け継がれてゆく安定型異常(転座、逆位、部分欠失、重複など)に分類できる。
3.放射線と染色体異常
 身体を構成する細胞が放射線や化学物質や正常な生体代謝産物である活性酸素などの変異原に曝されると染色体異常が生じる。これらの染色体異常は変異原の種類や細胞が分裂周期のどの時期にあったかにより異なる。血液中のリンパ球は取り出すことが容易であり、寿命が長く(血液中リンパ球の50%が新生リンパ球に置き換えられる期間は約3年)、分裂誘起剤と共に培養すると活発に細胞分裂をするようになり、染色体が見られ、変異原の染色体への影響を調べるための良い材料となる。
 放射線に被ばくした血液中のリンパ球を分裂誘起剤とともに2日間培養すると、様々な染色体異常が見られるようになる。これらの染色体異常のうち、染色体断片と2動原体と環状染色体は、放射線に特異性が高く、出現頻度が線量に依存し、識別が比較的容易であるため、放射線被ばく線量推定のための生物学的指標として使われている。
(1)放射線と染色体の数の異常
 放射線照射した培養細胞において、継代培養中に倍数体異常や異数体が生じ易くなるという報告がある。放射線により染色体数が47であるダウン症の出生頻度が増加したという報告があったが、現在ではそれは誤りとされている。
(2)放射線と染色体の構造異常
 放射線によって生ずる染色体の構造異常は、被ばく時の細胞が分裂周期のどの時期にあったかにより異なる。被ばくがDNA合成期前(G1期)であれば染色体型異常となり、DNA合成期(S期)以後であれば染色体型と染色分体型の両方の異常が誘発される(図2)。血液リンパ球は、G1期で分裂を休止した状態のG0期にあるため、放射線被ばく後に培養して細胞分裂を開始させて第1回目の分裂中期で染色体を観察すると図3のAからGに示されるような各種の染色体型異常が検出される。これらの染色体異常のうち、断片を伴う環状染色体(D)と断片を伴う2動原体(F)は、非被ばく者にはほとんど見られず(1000細胞中約1個)、放射線に極めて特異性が高く、また線量効果関係が明らかであるために放射線被ばく線量推定の指標として利用されている。 図4 に示されるように誘発される染色体異常の頻度(線量効果)は、放射線の種類や照射条件により異なる。α線中性子線などの高LET(Linear Energy Transfer)放射線では、X線γ線などの低LET放射線より染色体異常を多く誘発する。同じ種類の放射線であればエネルギーの低い方が染色体異常を多く誘発する。ゆっくり、または繰り返し被ばくすると同じ線量を被ばくしても急速に全量を被ばくする場合より染色体異常が少なくなる。
 環状染色体と2動原体は、放射線被ばくの優れた指標であるが細胞分裂により失われる運命にあるため、被ばく後長期間が経過すると指標として使うことが出来なくなる。一方、染色体転座は、細胞分裂によって消失することが無い安定型異常であるため、被ばく後長期間を経過した場合の線量推定の指標として優れている。近年、特定染色体対にのみ付着する蛍光ラベルしたDNA分子を使った染色体着色法が開発されて、染色体転座の解析が効率良く出来るようになり、染色体転座を指標とした線量推定が実施されるようになった。しかし、染色体転座の場合、放射線に対する特異性が低く、バックグランド値が高いためにバックグランド値を無視できる程の高線量被ばく(1Sv以上)時、または被ばく前のバックグランド値が分かっている時にのみ、線量推定が可能であることが明らかになってきている。
4.染色体異常の生物学的意義
 先天異常やがんの発生の原因に遺伝子の変化が関わっているため、遺伝子情報(DNA)の担い手である染色体に放射線によって異常が生ずると、先天異常やがんの誘発につながる可能性がある。しかしながら、放射線により傷害を受けた染色体の異常個所が先天異常やがんの発生に関わる遺伝子座に一致する確率は極めて低い。また、たとえ一致していてもその異常を持つ細胞は生体の持つ様々な防御機構によりほとんど排除され、実際の疾患発生に至ることは稀である。染色体着色法による最新の研究によると、自然放射線(約2.4mSv/年)を含む全ての変異原により、生体内では非常に多くの染色体異常が誘発されて蓄積されていることが明らかになっている。その数は50〜60歳の一般人の血液リンパ球では100細胞に1個を超える割合にもなり、これは2.4mSv/年の自然放射線により誘発され、その100%が蓄積されると仮定して見積もられる染色体異常の数の2倍をはるかに超える割合となる(文献4)。染色体異常は、正常な生体代謝産物である活性酸素によっても誘発されるため、発生を防止することが出来ない老化現象のひとつと考えられる。
<図/表>
図1 正常体細胞の染色体を形と大きさの順に従って配列したもの
図1  正常体細胞の染色体を形と大きさの順に従って配列したもの
図2 細胞周期と異常生成の関連性
図2  細胞周期と異常生成の関連性
図3 染色体型異常の形成機構と異常
図3  染色体型異常の形成機構と異常
図4 線質または照射条件が異なる放射線によりヒトのリンパ球に誘発された2動原体の線量効果
図4  線質または照射条件が異なる放射線によりヒトのリンパ球に誘発された2動原体の線量効果

<関連タイトル>
細胞の構成 (09-02-02-01)
染色体の構成 (09-02-02-03)
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線の細胞への影響 (09-02-02-07)
放射線の細胞分裂に及ぼす影響 (09-02-02-16)
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)
放射線の遺伝的影響 (09-02-03-04)

<参考文献>
(1) 外村 晶(編):染色体異常−ヒトの細胞遺伝学、朝倉書店(1978)
(2) 外村 晶(編):ヒトの染色体図譜、講談社(1975)、p.3
(3) IAEA Technical Report Series No.405, Cytogenetic Analysis for Radiation Dose Assessment, International Atomic Energy Agency, Viena, 2001
(4) UNSCEAR 1988 Report, Sources, Effects, and Risks of Ionizing Radiation, p.591, Fig. XXVII (Dufrain et al., 1980)
(5) Hayata, I.: Insignificant Risk at Low Dose (rate) Radiation Predicted by Cytogenetic Studies, Proceedings of 10th International Congress of the International Radiation Protection Association, T-17-3, P-2a-90 (in CD), Hiroshima, 2000
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