<解説記事ダウンロード>PDFダウンロード

<概要>
 数10Gyを超える線量被ばくした場合には中枢神経系に強い影響が現れ、被ばく者は直ちに知覚異常を伴う全身の重篤な灼熱感を訴え、急速に興奮の兆候が現れ、昏睡に陥り、3日以内に死亡する。死亡した人の脳の解剖検査によれば脳は浮腫状を呈し、表層血管は拡張し、電撃性脳炎の病像を示す。
<更新年月>
2001年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 中枢神経障害は 表1 に示されているように放射線による急性障害の中でもっとも重篤な影響(第5群)に分類されており、数10Gy以上の高線量を短時間内に被ばくした場合に発生する。この領域の非常に高い線量を被ばくした場合には、直ちに神経系の病理学的変化による症状が発現し、急速に死に至ることとなる。被ばく後の生存期間は、 図1 に示されているように骨髄や胃腸管等よりも短く、さらに線量が高いほど短縮され、1,000Gy以上では数時間かそれ以下である。
 中枢神経系の障害が発現するような事態は個体にとって致死的なことである。被ばくにより脳細胞の変性、大脳の浮腫、脳血管の炎症がおこり、倦怠感から重症の無欲・無気力状態虚脱・昏睡状態へと急速に進行する。全身の筋肉が震顫し、昏睡、全身痙攣そしてショック症状が認められ、ついで、運動失調が起こる。この領域の線量を被ばくすると、たとえ2〜3日は生存する場合でも、時間・場所や物に対する認知能力を喪失し、無能力化する。
 中枢神経系の障害が、放射線による脳血管や脳神経細胞の損傷に由来することは、いくつかの実験例あるいは被ばく例から推定されている。100Gyの被ばくを受けたアカゲザルの大脳には、照射後8時間で、脳血管の浸潤、出血、浮腫がみられ、24時間後には、神経細胞の核凝縮が最大となっており、血管の変性が障害の発生点となっていることを示している。広島・長崎の被ばく者のうち、被ばく6日後以降に死亡した者の大脳では、脳血管の透過性に病理学的な変性が認められている。頭部のみに放射線を受けたサルに中枢神経系の障害が認められた例や、頭部前面に約100Gyのγ−中性子線を受け、35時間後に死亡した人の場合には大脳に重度の浮腫が認められている。この場合の大脳への平均線量は約25Gyであった。
 神経系の障害による死亡リスクの線量効果関係を推定するためのデータは、胃腸管障害に関するデータ以上に少ないので明確なモデル化は行われていないが、障害の発生は致死的であり、90%致死線量と10%致死線量の線量域は極めて狭いことが推定される。さらに上記の症例のように、大脳への線量が25Gyで短時間内に死亡していることを考慮すると、50%致死線量 は20〜25Gy程度と推定される。
<図/表>
表1 放射線による急性障害の分類
表1  放射線による急性障害の分類
図1 ほ乳動物の全身照射後の生存期間
図1  ほ乳動物の全身照射後の生存期間

<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
放射線の身体的影響 (09-02-03-03)
放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05)
放射線の中枢神経への影響 (09-02-04-01)

<参考文献>
(1) United Nations:UNSCEAR Report, Annex G, P550, (1988)
(2) IAEA:IAEA TECDOC 366, (1986)
(3) 中尾慂(編):放射線事故の緊急医療、ソフトサイエンス社(1986)
(4) 菅原努(監修)、青山喬(編著):放射線基礎医学、金芳堂(2000)
(5) 坂本澄彦:放射線生物学、秀潤社(1998)
JAEA JAEAトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ