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<概要>
 劣化ウラン弾は湾岸戦争、ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク戦争などで使用されたが、戦後、現地住民やイラクやユーゴスラビアの戦闘に参加した米軍兵士に、がん、白血病、免疫不全、慢性疲労など様々な体調不良を訴えるものが続出した。これらは「湾岸戦争症候群」、「バルカン症候群」と呼ばれ、劣化ウランとの関係が疑われている。ウランは毒性の強い放射性物質であり、劣化ウランのもつ放射線毒性や化学毒性から、その危険性を強く訴える人々がいる一方で、世界保健機関(WHO)や米国国防省などは「帰還兵や紛争周辺の住民の変調が劣化ウランによるものである、という科学的な証明がない」と否定的立場をとっている。
 ウラン鉱山で働いていたヒトに肺がん発生率が高いことが知られているが、劣化ウラン弾の健康影響を立証するためには、まず、ウランによる汚染の状況を把握することが必要であり、病気の発生率との関係、その他複合要因など非常に多くの交絡因子についても調べる必要がある。これには多大な時間と労力が必要で、疫学調査も含めた科学的な研究が強く望まれている。
<更新年月>
2004年08月   

<本文>
 劣化ウランは英語ではDepleted Uraniumという。depletedとは「枯渇された」とか「空にされたと」いった意味で、濃縮によって核分裂する有用な235Uが取り出されてしまった、ということから劣化という言葉が用いられている。しかし、核燃料を精製する段階で完全にウラン235が除かれているわけではなく、0.1−0.2%程度のウラン235が含まれている。ウラン235および238の半減期は7億400万年と44億7千万年と長く、単位質量あたりの放射能はそれぞれ、7.11×10−5GBq、1.24×10−5GBqである(表1)。劣化ウランは鉄の約2.5倍、鉛の1.7倍の比重があり高密度のため、航空機の平衡錘、徹甲弾(戦車のような厚い装甲を貫通する砲弾)の材料などに利用されている(図1)。
 劣化ウラン弾は1991年の湾岸戦争で米軍が使い、ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク戦争でも使用されている。これまで米軍を中心に使用された劣化ウラン弾は湾岸戦争で320トン、ボスニア・ヘルツェゴビナで3トン、コソボ紛争で10トンと推定されているが正確な総量は不明である。
 戦後、現地住民やイラクやユーゴスラビアの戦闘に参加した米軍兵士に、がん、白血病、免疫不全、慢性疲労など様々な体調不良を訴えるものが続出した。これらは「湾岸戦争症候群」、「バルカン症候群」と呼ばれ、劣化ウランとの関係が疑われている(図2)。ウランは毒性の強い放射性物質であり、劣化ウランのもつ放射線毒性や化学毒性から、その危険性を強く訴える人々がいる一方で、世界保健機関(WHO)や米国国防省などは「帰還兵や紛争周辺の住民の変調が劣化ウランによるものである、という科学的な証明がない」と否定的立場をとっている。
 劣化ウラン弾による環境汚染ならびにそれに伴うヒトへの汚染は(1)戦車や建造物にあたってウランがエアロゾルになって拡散し、それを呼吸により吸入摂取した場合(2)放置された金属ウランに接触して放射線により被ばくした場合(3)地中に突き刺さったウランが酸素を含む水と反応して水溶性になり、汚染された地下水を経口摂取した場合、の三つが考えられる。ウランが体内に入る経路についての概略を図3に示したが、これまでのところ劣化ウランの健康影響について調査した科学的な論文はそれほど多いわけではない。
 近年UNEP(United Nations Environment Programme)がボスニア・ヘルツェゴビナおよびセルビア・モンテネグロにおける劣化ウラン弾の環境調査を行い、報告書を公表している(参考文献1、2)。また、劣化ウラン兵器の安全評価に関連していくつかの論文が学術誌に掲載されている。エアロゾルとして大気中に拡散したウランを吸入摂取した場合と、劣化ウラン弾が土壌、地下水を経由して農作物を汚染し、これをヒトが経口摂取した場合についてコンピュータシミュレーションを行った結果では土壌、地下水を介して経口摂取した場合の線量の方が高くなるが、放射線が原因で健康影響が出る線量ではない、としている。また、コソボ紛争のときに現地に滞在していた赤十字職員などの尿中ウラン濃度を測定した結果、一般の値の範囲内にあり、同様にコソボ紛争と湾岸戦争に参加したカナダ軍兵士の尿中ウラン濃度を調べた結果でも通常の値と変わらなかった、と報告されている(参考文献4−8)。
 WHOは、放射能毒性が肺がんを引き起こすのはきわめて多量の劣化ウラン粉塵を吸入した場合で、白血病など放射線が誘発する他のがんのリスクは大きくない、という見解をとっている。アメリカ国防省は、湾岸戦争に従軍し劣化ウラン弾で被災した兵士の臨床検査と体内ウラン量を追跡調査をしているが、これまでに健康異常は認められない、と報告している。劣化ウランは、放射線被ばくによる影響より、むしろ化学毒性による健康影響のほうが大きく、主として腎臓障害を引き起こす、と見解が示されている。すべてのウランの同位体はα線を放出するが、α線の影響については科学的に解明されていない部分も多い。一方、1個のα粒子でも細胞内に遺伝子不安定性を起こすため、発癌の可能性がある、と主張する研究者もいる。
 アメリカの環境有害物質・特定疾病対策庁(ATSDR)は、一般向け問答集の中で「天然ウランの毒性についてはよく分かっていないが、ウラン鉱山の労働者は肝臓障害を起こしやすく、実験動物でも肝障害が見られる。また、放射能の影響による発がん性も考えられる。ウランを摂取してから長期ののちに発症する可能性もある。動物実験では、生殖障害や催奇性も示唆されている」と述べている(参考文献9)。
 ウラン鉱山で働いていたヒトに肺がん発生率が高いことが知られているが、劣化ウラン弾の健康影響を立証するためには、まずウランによる汚染の状況を把握することが必要であり、病気の発生率との関係、その他複合要因など非常に多くの交絡因子についても調べる必要がある。これには多大な時間と労力が必要で、信頼性のある有意な結果が得られていないから安全だ、とは必ずしも言えないため、疫学調査も含めた科学的な研究が強く望まれている。
<図/表>
表1 ウラン同位体の半減期と組成比
表1  ウラン同位体の半減期と組成比
図1 劣化ウラン弾
図1  劣化ウラン弾
図2 湾岸戦争症候群の帰還兵650人の症状
図2  湾岸戦争症候群の帰還兵650人の症状
図3 人体内に入った劣化ウランの経路
図3  人体内に入った劣化ウランの経路

<関連タイトル>
放射性降下物等に関する環境試料の採取と測定 (09-01-05-08)
内部被ばくの評価 (09-04-04-04)

<参考文献>
(1)Depleted Uranium in Bosnia and Herzegovina-Post-Conflict Environmental Assessment-, United Nations Environmental Programme, 2003
(2)Depleted Uranium in Serbia and Montenegro −Post-Conflict Environmental Assessment in the Federal Republic of Yugoslavia−, United Nations Environmental Programme, 2002
(3)篠田英明:武力戦争における劣化ウラン兵器の使用、IPSHU研究報告シリーズ、研究報告No.29, 2002、http://home.hiroshima-u.ac.jp/heiwa/Pub/29.html
(4)Valentin,V. J. Environmental Radioactivity, 64 : 89-2003
(5)Assimakopoulos, P. A. A. J. Environmental Radioactivity, 64 : 87-2003
(6)Durante and Pugliese, Estimation of radiological risk from depleted uranium weapons in war scenarios , Health Phys., 82 : 14-20, 2002
(7)Meddings and Haldimann, Depleted uranium in Kosovo : an assessment of potential exposure for aid workers, Health Phys., 82 : 467-472,2002
(8)Ough et al., An examination of uranium levels in Canadian Forces personnel who served in the Gulf War and Kosovo. Health Phys., 82 : 527-532, 2002
(9)劣化ウラン弾に関する主なウェブページ
  ATSDR - Public Health Statement: Uranium (1990)
  http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/1098858.stm
  http://www.physics.isu.edu/radinf/du.htm
  
  
  
  
  
  http://www.kankyo-hoshano.go.jp/
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