<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 放射線による生物影響
<小項目> 生物効果の基礎原理
<タイトル>
放射線の直接作用と間接作用 (09-02-02-10)

<概要>
 生物に対する放射線の影響を分子レベルで見た場合、放射線のエネルギーがその分子に直接吸収されて障害をおよぼす直接作用と、他の分子がエネルギーを吸収し活性生成物を作り、それが標的分子と反応して標的分子に障害を及ぼす間接作用に分けることができる。
 直接作用は乾燥状態の物質に対するときに起こる。生体(細胞)では放射線の水分子(細胞の80%を占める)への作用の結果、生成したラジカルや分子生成物が生体内成分に障害を引き起こす間接作用が中心となる。直接作用と間接作用とは、希釈効果化学的防護効果酸素効果などによって判別できる。
<更新年月>
2004年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.直接作用と間接作用
 放射線のエネルギーが標的分子に直接吸収されて障害を及ぼすことを放射線の直接作用という。乾燥状態の純粋な物質に放射線を照射したとき、放射線のエネルギーは標的分子に直接吸収されると考えられるので、この作用は直接作用である。
 直接相互作用により標的分子は励起あるいは電離し、余分なエネルギーを持つため不安定になる。この余分なエネルギーを放出する過程で標的分子の共有結合が切れて2つのラジカルになることがある。これが直接作用の実体である(図1)。切断される結合はエネルギーを吸収した部位とは限らない。エネルギーが分子内移動して結合エネルギーが小さい結合で切断がおこることもあり、また、吸収したエネルギーが隣接する分子に移動して作用する場合もある。
 一方、標的以外の分子が放射線のエネルギーを吸収しラジカル等の活性体をつくり、その活性体が標的分子と反応して障害を及ぼすことを間接作用という(図1)。水溶液では放射線のエネルギーはまず水分子に吸収され、その後次項に述べるように、ヒドロキシルラジカル(HO・)、水素ラジカル(H・)、水和電子aq)、H2、H22などのラジカルあるいは分子生成物が生じる。そして、それら活性体が水中を移動して標的分子と化学反応をおこして作用する。
 なお、熊谷・渡邊らによって、疎水性アミノ酸であるシステインから半減期20時間の長寿命のラジカルが発見されている(文献6)。
2.水の放射線分解機構
 放射線は生体・細胞の主要構成成分である水に対して作用し、水分子をイオン化したり励起したりする(図2)。水分子のイオン(H2O+)は非常に不安定で、10−15秒以内に分解してHO・とH3O+とを生ずる。励起された水分子(H2O*)は開裂してHO・とH・を生じる。水分子から飛び出した電子は他の水分子の間に捕らえられて水和電子aqを生じる。水和電子は715nmにモル吸光係数18,500M−1cm−1の極大値を持ち、標準還元電位は−2.9mVで、中性の水中での半減期は2.1×10−4秒である。
 ラジカル同士は反応して、
     H・ + HO・  →    H2
の中和反応のほかに、
     H・ + H・   →    H2
     HO・+ HO・  →    H22
 のように分子状生成物 H2 、H22を生ずる。従って、水の放射線分解によって、H・、HO・の2種のラジカルと
2、H22の2種の分子状生成物及びaqを生ずると考えて良い。それらの収率(G値)を表1に示す。電離が疎なX線γ線のような放射線ではHO・、H・の密度も低く、H2、H22は生じにくい。これに対し、α線のような密な放射線ではラジカルが拡散する前に上記の反応によってH2、H22を生じやすい。
 これらが溶液中の溶質と反応することにより化学的過程が起こる。HO・及びH22は酸化力が強く有機物と反応して間接作用の主因をなすと考えられる。一方、aqは前述したように強い還元力を有する。水溶液中では
     aq + H+ ←→ H・
の平衡があるので、pH4〜9ではaqとH・の両者が共存し、pH2以下ではH・が重要な還元剤となる。
3.直接作用と間接作用の判別
 直接作用と間接作用とは、希釈効果、化学的防護効果、酸素効果などの有無によって判別することが出来る。
 一般に、ある物質の水中濃度が低くなるほど、放射線によって不活性化される分子の割合が増加する。この現象は希釈効果と呼ばれ、間接作用の存在を示すものとなっている(図3)。一定量の放射線を照射した場合、もし直接作用のみであれば、標的物質の水中濃度が低くなるにつれて不活性化する物質も減るはずである。ところが、放射線により水分子が分解してある量のラジカルや分子生成物が生じる場合には、一定の線量ではこれらが一定量生じる。従って標的物質の水中濃度に関係なく一定量の物質が不活性化される。そのため希釈効果がみられることになる。
 SH化合物、ある種のアミノ酸、アルコール等の防護物質を照射中に水溶液中にいれておくと、これらと標的物質は水の放射線分解で生じた活性化合物に対して競合するため、標的物質のへの反応が抑えられる。このような効果を化学的防護効果という。
 酸素の存在は反応を質的にも量的にも変化させる。そのうちの1つは下式に示すように水和電子や水素原子と反応してスーパーオキシド(ハイドロペルオキシラジカル、HO2・)を作ることである。
     aq + O2 →  O2
     H・  + O2 →  HO2
 HO2・は酸化力が強く、核酸、蛋白質、脂質等の生体有機分子との反応により、下式のようにH22や、有機分子の不安定なアルコキシルラジカル(RO・)を作る。
     RH + HO2・ →  R・  +  H22  (水素引き抜き反応)
     RH + HO2・ →  RO・ +  H2O   (付加反応)
 もう1つは、HO・と反応してできた有機ラジカルと結合してペルオキシルラジカル(RO2・)を作ることである。
     RH + HO・  →  R・ + H2
     R・ + O2    →  RO2
 酸素分圧の高い条件下でX線やγ線を照射すると、低酸素下での照射よりも大きな効果が得られる。これを酸素効果と呼び、その程度を、[酸素がある状態で特定の効果を引き起こすに必要な線量に対する酸素がない状態で必要な線量の割合]で定義される酸素効果比(OER, oxygen enhancement ratio)で表す。一般に培養細胞はX線やγ線の照射に対して2.5〜3.0のOERを示す(図4)。酸素の存在によって、放射線により直接あるいは間接的に励起されたターゲット分子が酸素と反応して過酸化物を形成し、放射線による傷が固定されるためと考えられている。
<図/表>
表1 低LET放射線による水の放射線分解の初期収率と最終収率
図1 DNAに対するX線の直接作用と間接作用
図2 水の放射線分解の初期過程
図3 放射線の直接作用と間接作用の区別(希釈効果)
図4 酸素分圧と放射線感受性の関係

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<関連タイトル>
放射線のDNAへの影響 (09-02-02-06)
放射線の細胞への影響 (09-02-02-07)
放射線効果と修復作用 (09-02-02-12)
線量率と生物学的効果 (09-02-02-14)

<参考文献>
(1)E.J. Hall(著)、浦野宗保(訳):放射線科医のための放射線生物学(第4版)、篠原出版(1995)
(2)山口彦之:放射線生物学、裳華房(1995)
(3)日本アイソトープ協会(編):放射線・アイソトープ、講義と実習、丸善(1992)
(4)J.キーファー(著)、代谷次夫(監訳):放射線生物学、シュプリンガー・フェアラーク東京(1993)
(5)山口彦之:放射線と人間のからだ−基礎放射線生物学、啓学出版(1995)
(6)熊谷 純:長寿命ラジカルはシステインに生じている、日本放射線影響学会大会講演要旨集、46:75(2003年)
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