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<概要>
 土壌には非常に多くの微生物が存在している。これらの微生物が物質循環の要所で重要な働きをし、土壌生態系の基礎を作り上げている。天然に存在している放射性核種や偶発的に環境中に放出された放射性核種の環境中での循環も、微生物と無関係ではない。微生物細胞表面に吸着する放射性元素もあれば、細胞内に取り込まれ濃縮される元素もある。微生物の作用により、土壌から放射性核種が溶脱したり、気化して大気中へ拡散することもある。ここではテクネチウム99(99Tc)と放射性セシウム137Cs、134Cs)を例に、土壌微生物による放射性核種の取り込みについて紹介する。
<更新年月>
2005年09月   

<本文>
 微生物とは、肉眼でははっきりと認識できないような小さな生物の総称である。この中には、原生動物、菌類、微細藻類、細菌、古細菌、およびウイルスが含まれる(図1)。このように小さな生物、微生物は、土壌1グラム中に約1億個以上生息しているとされている。これらの微生物が物質循環の要所で重要な働きをし、土壌生態系の基礎を作り上げている。
 天然に存在している放射性核種や、偶発的に環境中へ放出された放射性核種の環境挙動も、これら微生物と無関係ではない。微生物の表面は負に帯電しているために、陽イオン形態の放射性核種の一部は細胞表面に吸着したり、イオンチャネルを介して細胞内に取り込まれ、濃縮される可能性がある。また、微生物の作用により土壌からの溶脱や、気化して大気中へ拡散する放射性核種もある。このように、一度環境中に放出された放射性核種は、微生物を介した物質循環に組み込まれることとなる。つまり、放射性核種の挙動を知る上で、放射性核種と微生物との関わりを理解することは重要である。ここでは、特に土壌細菌と99Tc、およびキノコと放射性セシウムとのかかわりついて述べる。
(1)細菌による99Tcの取り込み
 99Tcはウラン235やプルトニウム239の核分裂生成物であり、その収率は約6%と高く、137Csと同程度である。さらに物理的半減期が21万年と非常に長いために、今後、環境中に蓄積され続ける可能性がある。日本の水田、畑、および森林の表層土壌において、99Tc濃度の平均値は、それぞれ29、5.9、そして16.3mBq/kg(乾重)である(文献3)。これら平均濃度を比較すると、99Tcは水田土壌表層で蓄積しつつあることが分かる。
 好気的な環境下において、99Tcは7価の過テクネチウム酸イオン(TcO4)として存在している。この化学形態は土壌中の移動性が高く、植物に吸収されやすいことが知られている。にもかかわらず、水田土壌表層で99Tc濃度が高い理由として、微生物の間接的な関与が示唆されている。つまり、土壌微生物が分子状酸素を消費することにより発達した還元的雰囲気が、テクネチウムを7価から4価に還元し、この移動性の低い4価のテクネチウムが土壌に蓄積されるという考えである(図2)。
 水田土壌表層における99Tcの蓄積は、微生物の間接作用だけでなく直接作用によっても起こる。近年、水田土壌田面水に生息する一部細菌が、テクネチウムの不溶化を引き起こすことが示された(文献4)。この不溶化は、テクネチウムが細菌細胞内に取り込まれた結果と考えられている。細菌に取り込まれたテクネチウムは、ほとんど溶液中に漏れ出すことはなく、細菌細胞が崩壊するまで細胞内にとどまり続ける(文献5)。つまり、田面水において溶存態のTcO4は細菌細胞に取り込まれ、そしてこの細胞内に取り込まれた99Tcは、細菌細胞とともに沈降し、水田土壌表層に蓄積されるのではないかと思われる(図3)。
 田面水中に生息するTc不溶化細菌は未だ単離されていない。そのため水田土壌細菌によるTc不溶化機構の詳細は不明である。しかしながら、一部の単離細菌においてTc不溶化の機構は詳細に研究されている。例えば、嫌気培養を行った大腸菌Escherichia coliは蟻酸や水素を電子受容体として与えた場合、細胞内に取り込んだTc(VII)O4をヒドロゲナーゼ(hydrogenase 3)によりTc(IV)に還元する。還元されたTc(IV)は細胞膜にとどまる。E.coliの他にも、例えば土壌中に存在する硫酸還元菌も同様の機構でTc(VII)をTc(IV)に還元することが知られている。これらの細菌は環境中でもよく見られる種であり、99Tcの環境挙動にも影響している可能性がある。
(2)キノコによる放射性セシウムの取り込み
 キノコは手に取り持つことができるため微生物とは思えない。ところが、我々が手に取る部分は子実体と呼ばれる部分であり、これは土壌中の菌糸が胞子形成のために作った構造物である。キノコと呼ばれる子実体は、菌糸全体のバイオマスと比較するとほんの一部に過ぎない。つまりキノコの本体は菌糸であり、この菌糸は肉眼では確認できないために微生物に分類される。
 チェルノブイリ原発事故以降、環境中の放射性セシウムの挙動について様々な研究が行われてきた。その結果、土壌に蓄積した放射性セシウムが特異的にキノコ(子実体)に取り込まれ、濃縮されることが明らかとなってきた。例えば、チェコスロバキア(当時)産のイグチ科ハラタケ目のLeccinium scabrumが33300Bq/kg(乾燥重量)の137Csを濃縮するとの報告がある(Horyna and Randa 1990)。日本においても、キノコに含まれる放射性セシウム濃度が精力的に測定されている。1989−1991年にかけて採取された284試料の日本産キノコ中に含まれるCs−137の平均値は433Bq/kgである。この値は、チェルノブイリ事故で汚染された旧ソ連やヨーロッパにおけるキノコ中の放射性セシウム濃度よりも低い。日本産キノコ中の137Csの多くが、チェルノブイリ事故に起因するものでなく、1960年代に盛んに行われた大気圏核実験フォールアウトによるものであると考えられている。
 キノコによる137Csの濃縮は、土壌中に蓄積した放射性セシウムが菌糸を経由して起こっていると考えられている。土壌中の菌糸の位置と137Cs濃度との関係を調査した結果、菌糸の土壌中での位置がキノコの137Cs濃度を決定する重要な要因であることが明らかになった(文献6)。また、キノコによるセシウムの吸収をカリウムが阻害することが報告されている(文献10)。この結果は、放射性セシウムがカリウムチャネルを介して細胞内に取り込まれている可能性を示唆している。しかしながら、キノコによる詳細なセシウム濃縮機構については、未だよく分かっていない。
 いずれにせよ放射性セシウムを濃縮するキノコは、森林生態系において放射性セシウムの環境挙動に重要な役割を担っている種であることに間違いはない。
<図/表>
図1 微生物の種類とおおよそのサイズ分画
図1  微生物の種類とおおよそのサイズ分画
図2 微生物の間接的関与による水田土壌へのテクネチウムの蓄積
図2  微生物の間接的関与による水田土壌へのテクネチウムの蓄積
図3 細菌直接関与による水田土壌表面へのテクネチウムの蓄積
図3  細菌直接関与による水田土壌表面へのテクネチウムの蓄積

<関連タイトル>
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<参考文献>
(1)R.M.Maier,I.L.Pepper and C.P.Gerba(ed):Environmental Microbiology,Academic Press(2000)
(2)M.J.Keith-Roach and F.R.Livens(ed):Interactions of microorganisms with radionuclides,Elsevier(2002)
(3)K.Tagami and S.Uchida.:Global Fallout Technetium−99 Distribution and Behavior in Japanese Soils. J. Nucl. Radiochem. Sci. 3:1-5(2002)
(4)石井伸昌、田上恵子:湛水土壌表面水中の微生物によるテクネチウムの不溶化、Radioisotopes、52:475-482(2003)
(5)N.Ishii and S.Uchida.: Gram−negative bacteria responsible for insoluble technetium formation and the fate of insoluble Tc in the water column above flooded paddy soil. Chemosphere. 60:157-163(2005)
(6)吉田聡、村松康行:菌類と地球環境:地球規模の放射能汚染と菌類、日菌報、37:25-30(1996)
(7)村松康行、吉田聡:キノコと放射性セシウム、Radioisotopes、46:450-463(1997)
(8)J.Horyna and Z. Randa.:Uptake of radiocesium and alkali metals by mushrooms. J. Radioanal. Nucl. Chem. 127:107-120(1988)
(9)S.Yoshida and Muramatsu.:Accumulation of radiocesium in basidiomycetes collected from Japanese forest. J.Radioanal.Nucl.Chem. 157:197-205(1994)
(10)G. Heinrich:Uptake and transfer factors of 137Cs by mushrooms. Radi. Environ. Biophys. 31:39-49(1992)
(11)村松康行、土居雅広、吉田聡(編):放射線と地球環境 生態系への影響を考える、研成社、(2003)
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