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<概要>
 宇宙放射線による年間被ばく線量はその地域の高度が最も影響する。日本では人口の99%が高度400m以下に住んでいるため、高度変化は現実的には問題がない。年間被ばく線量は0.26mSv程度である。世界的にはチベットやメキシコ・シティは高地にあるが、そこでがんが多いという確実なデータは出ていない。特殊な場合として航空機があるが、日本より地磁気緯度の高い米国で1年間に飛べるだけ飛んだとしても年間線量は8mSv以下である。宇宙飛翔体では1日あたり中性子込みで1mSvなので、その滞在時間に依存して年間線量が決まる。
<更新年月>
2005年11月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.宇宙放射線被ばくと高度
 日本周辺の海面の宇宙放射線の線量率は幾らか、という問題に応えるため、木造の船を浮かべて測定した結果がある。旧単位系で3.4μR/hで換算すると年間約0.26mSvになる。これに高度と地磁気緯度による変動効果および遮蔽効果を加えたものが、実際に人々が受ける宇宙放射線である。
 高山に登ると被ばく率が上昇し、それは1,500m上昇するごとに2倍になると言われている。この事実は富士山登山や筑波気象研究所の高度200mの鉄塔の先端で確認されている。日本の都道府県別にみると、東京都と長野県では人口の高度分布が全く異なり、長野県の方が東京より高い宇宙放射線の線量率の所に人口が分布している。ただ、日本の人口の99%は地上400m以下に住んでおり、結果的に宇宙放射線の強度は年間約0.26mSvである。現実問題として長野県と東京都で、人体影響に差はないと思われる(図1図2)。
 海外の高所の場合、メキシコ・シティは海抜2,200mの高度にあるが、ここの死亡率等に東京と差があると言う報告はない。またチベットのラサは海抜3,800mに達するが、住民数が少なく、単純な比較はできない。また、放射線測定データ数が不足がしている点に注意しなければならない。南米チリのアタカマ高地にある高度5,000mの地点での放射線測定(アルマ計画)があるが、これはさらに少ない人数が関わるに過ぎない。他に宇宙放射線の強いところとして、イヌイットの住む高緯度地域や南極観測基地等では赤道地方の倍程度の宇宙放射線強度である。このような結果から、宇宙放射線による線量影響ははっきりしたものは確認されておらず、地上ならどこに住んでも影響は余り変わらないといえよう。
 宇宙放射線の線量強度が1,500m刻みで2倍になるという法則は、どこまでも成り立つわけではない。一般に、2次宇宙放射線の発生が目立つ高度領域(ほぼ海抜20−25km)までである。さらに上に行くと、殆ど変わらなくなり、その大きさは中性子分を含めると約1mSv/hである。宇宙放射線の強度は、地球表面では複雑な分布をしているが、上方では単純な値になる。宇宙空間では飛翔体で計測した例しかないが、今までの計測結果を整理してみると、0.3から0.8mSv/hに集中しており、それを安全サイドにまとめると中性子寄与を含めて1mSv/hになる。現実にはこれが3mSv/hにも 0.3mSv/hにもなる点を理解する必要がある。
2.宇宙放射線の分類と生成過程
 宇宙放射線には一次宇宙放射線と、二次宇宙放射線があり、いずれも宇宙放射線に分類される。一次宇宙放射線が媒質に入射すると、そこの原子核を衝突によって分解する。その際バラバラになった構成粒子が飛び出す(核カスケード)。特にπ中間子が飛び出すがπ中間子にはプラスとマイナスの電荷を持ったもの、電荷の無いもの、という三種類がある。電荷を持たないものは即2つの光子になり、その光子が動いて電子を産む。その電子が動けば再度光子が生まれ、そのプロセスを繰り返す。従って一次宇宙放射線粒子が飛び込んで原子核と衝突する領域(海抜高度で約25km)では、光子と電子の群れが生ずる(電磁カスケードの開始)。そのどちらかは区別し難いので、ここでは電子が誕生すると表現しておく。電荷を持ったπ中間子は10−7秒程度の短時間でμ粒子に転換されμ粒子の方は10−6秒程度で電子になり、その電子は電子と光子を交互に生みながら、大気圏下部まで侵入していく。地上ではμ粒子に起因する線量が80%を占め、残り20%を電子が占める。地表からさらに下部に侵入する高エネルギーμ粒子は、最後に電子になって吸収され、そこに止まってしまう。各プロセスの全体をカスケード過程と呼んでいる(図3)。
 この過程で生まれる粒子の線量計測には固体飛跡検出器等が利用できる。粒子線の計測には電源が必要なアクティブ型計測器と電源を必要としないパッシブ型計測器の両者がある。アクティブ型計測器にはSiやNaの検出器が用いられており、パッシブ型計測器にはフィルム等によるエッチピットの飛跡解析が利用されると共に、TLD(熱蛍光線量計)も利用されるが、これさえあれば万全、という機器はない。中性子を含め、色々な放射線を一挙に測れる組織等価型線量計は、海外では良く利用されているが、日本では、航空機内ではまだ法的問題が残されている。これらに関連して、現在放医研ではICCHIBANプロジェクトを実施し、何をどう用いれば値はどうなるか、を探っている。これまでの相互比較実験によると、各国の研究機関のパッシブ型同士の比較では相互に25%以内の差が認められている。
3.宇宙空間における被ばく線量
 国際宇宙ステーションにおける線量限度を考えて見る。JAXAでは太陽フレアが起きた場合を除き、ガイドラインを出している。これによると男女とも1Sv以上浴びても可とするのは、40歳代になってからである。子孫への影響を考慮して、若年層が問題とされる。宇宙に出かけた宇宙飛行士は最も若くても27歳であるが、理工系の大学を卒業後、実務と研修を合わせて5年かかるとして30歳ぐらいである。地上で中位のリスクの職業が3%という米国環境保護庁(EPA)の基準に合うよう、生涯に渉るリスクを3%以内に収まるように被ばくを抑えることになる。但しこれは太陽フレアが無かった場合である。太陽フレアが起きた時の対策を、現在JAXAでは検討事項としている(図4)。
 さらに遠いところに行く場合の線量はどうか。単純に計算すると、火星往復では1Sv受けると予測されている(半年かけて行き、半年かけて戻り、1年半を現地滞在、というシナリオ)。宇宙放射線強度は1mSv/dayなので、往復に要する総時間を掛ければ良い。もしそれが70Svなら、もはや人類が行けないことを意味している。というのは、がん治療線量が70Sv程度だからである(たとえ分割しても総線量は70Sv程度)。がん細胞が死ぬのだから、通常細胞も死ぬ。また地上の中性子事故で実際にヒトが亡くなったのも同様の線量だったからである。
 航空機被ばくは飛行ルートも関係する。例えば日本より地磁気緯度が高いロンドンやニューヨーク間を一年間に飛べるだけ飛ぶとすると年間8mSvである。これは毎日、航空機で往復を繰り返した場合の値だから、実際にはもっと小さい。国際宇宙ステーション、航空機で考えられる被ばく線量を、内部被ばくやラドン等の被ばく線量と比較したものを図5に示す。航空機の線量が意外にも宇宙の線量と拮抗する値であることに気づく。一方、右端の食品と大地からのガンマ線は全員が受けるものである。これらから見て、宇宙放射線の線量の相対的な強さを推定することができそうである。
<図/表>
図1 宇宙放射線全電離成分による線量率の高度分布
図1  宇宙放射線全電離成分による線量率の高度分布
図2 東京都と長野県の高度別人口分布
図2  東京都と長野県の高度別人口分布
図3 陽子入射の場合のカスケード過程
図3  陽子入射の場合のカスケード過程
図4 1981−86の宇宙での線量率実測結果
図4  1981−86の宇宙での線量率実測結果
図5 宇宙空間や航空機内の被ばく線量の比較
図5  宇宙空間や航空機内の被ばく線量の比較

<関連タイトル>
宇宙放射線の起源 (09-01-06-01)
宇宙放射線の種類 (09-01-06-02)
宇宙放射線の計測 (09-01-06-03)
宇宙放射線の影響研究と意義 (09-01-06-05)
生命進化における放射線 (09-02-01-01)

<参考文献>
(1)藤高和信:地上より高いところで受ける放射線被ばく、日本写真学会誌、67巻6号、550-555、(2004).
(2)宇宙開発事業団有人サポート委員会:宇宙放射線被ばく管理分科会報告書、宇宙開発事業団、筑波、(2001)
(3)藤高和信:自然放射線源からの被ばく(III)、ESI-NEWS、21(1)、1-5、電子科学研究所、大阪、(2003)
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