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<概要>
 宇宙線あるいは宇宙放射線という名の粒子は存在せず、各種粒子の総称としてのみ存在する。ここでは宇宙放射線にはどんな構成成分があるかを概観する。太陽風、太陽粒子、銀河宇宙線、またもっと高エネルギーの粒子群を取り上げる。また宇宙放射線には一次宇宙線と二次宇宙線があるが、どんなメカニズムで二次粒子が誕生するか、というカスケード過程について述べる。そして航空機レベルで最重要なのはどの成分か、地上では何か、等を論じる。さらに太陽フレアの発生に関する宇宙天気予報体制にも触れる。
<更新年月>
2005年08月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 宇宙放射線は30年に一度程度作られるらしい。また宇宙放射線という名前の単一粒子は存在せず、あくまでそこに見えるのは宇宙放射線として扱える仲間の総称である。一番多いのは陽子(全体の約86%程度)だが、それ以外も宇宙放射線に違いない。中性子、π粒子、μ粒子、電子等がそれに当たる。中性子はもともと宇宙空間には量的に少ないと考えられているが、媒質にぶつかれば、それと入射陽子との相互作用によって二次的に中性子が生じる。太陽活動に伴って放出される中性子は量が余り多くない(中性子は寿命が有限とされ、〜900秒程度と言われる)。ただ人間本位に考えれば、最終的に人体に影響があるのは、やはり荷電成分になる。中性子では、それが媒質から叩きだす荷電成分が問題になる。荷電成分でないと我々は量的に測ることができないからである。
 超新星としてまき散らされた星のカケラは、それぞれ重力によって再度集められる。集められ方によるが、第2世代の恒星が誕生する場合がある。太陽はこの第2世代の恒星ではないかと言われている。これは第一世代の星は核融合反応を通じて合成された様々な核種を含むが、それをもう一度かき集めて表面から順に燃やす(核融合)のである。この恒星周辺にはそのような物質がとりまき、太陽の場合は、その物質を集めてできた惑星群が回っている。このようにして我々の住む宇宙には様々な核種が存在する。これが天然の放射性核種である。
 惑星は太陽からの距離によって外惑星と内惑星に分けられる。概して外惑星の方が巨大である。ところがこのサイズは実は水素やヘリウムの量に依存している。すなわち木星とか土星には水素、ヘリウムが多く、しかもそれを重力でつなぎ止めている。木星以遠の星が外惑星である。ところが内惑星(水星から火星まで)では事情が異なり、水素とかヘリウムは軽いため、表面から蒸発して(あるいは吹き飛ばされて)しまい、今日では少ない。だから内惑星と外惑星は一見異なる組成だが、実は木星等の水素、ヘリウムを除いた固体部分のサイズは、実は地球と比して、見かけほどの大差がないと言う。このように、恒星の合成の歴史がある一方で、その恒星の周りの惑星が作られた歴史がある。そして宇宙放射線はその2つの現象が同時進行していく長い過程の中で、生まれた高エネルギー粒子群である。
 地球の固体部分に多い238U系列は既に生成以来約半分の寿命が過ぎており、あと半分しか残っていない。また232Th系列はまだ8割が残っているから当分これが持続する。40Kは創られて以来既に2割以下になっている。人の一生に比せば一定と言えても、地球の歴史(宇宙の年齢の約3分の1)を考えると、決してこれは一定でない。宇宙線を考える際にはこれに十分気をつけなければならない。
 宇宙にあるままの放射線を一次宇宙放射線と言う。これが大気その他に衝突すると、そこから二次宇宙放射線が生まれる。ともに高エネルギー粒子群である。両者を合わせて宇宙放射線または宇宙線と総称される。我々が一般に地上で関わるのは、カスケード(宇宙放射線を構成する粒子が別の粒子に変わる過程)を通じて作られる二次宇宙放射線である。そのエネルギーのピークは一次線同様に600Mev程度である。この二次宇宙放射線はやってくる方向によって、そのエネルギー・スペクトルの形が変わる。即ち高エネルギー成分が比較的多いハードなスペクトル形になったり(水平方向からやってくる場合)、ソフトなスペクトル形になったり(鉛直真上からやってくる場合)する。ただ、それら二次宇宙放射線を生む大気圏が実質的に薄いので、実際問題としてはハード、ソフトというスペクトル形の差は余り大きくない。また地球自体が磁石であるため、電磁気学の「左手の法則」に従って、東西方向に差異が生じる。一般に西方向からくる一次宇宙放射線の方が僅かに(10%程度)強い。
 宇宙放射線は銀河宇宙線、太陽粒子、銀河外からの宇宙放射線の3者に分別される。銀河宇宙線はこの天の川銀河の中にある超新星から発生する(宇宙放射線の起源:09-01-06-01)。また銀河外の宇宙放射線とは、さらに遠くの天の川以外の銀河や星雲間同士の衝突で生じるものとされる。我々の住む銀河系宇宙の他にも約2000億個の星雲がある。天の川銀河からの宇宙放射線のエネルギーは最大でも粒子1個当たり1013MeV以下だが、銀河外の宇宙放射線には、さらに高いエネルギーの可能性もある。1個の粒子入射から、1兆個もの二次宇宙放射線粒子のシャワーを起こすこともあるとされる。ただその観測頻度は極めて少ない。
 2番目のカテゴリーの太陽粒子とは、太陽表面の大爆発の結果として太陽表面から放出される高エネルギー粒子である。太陽表面からの磁力線の継ぎ替えが起きた時、その圧力が高エネルギー粒子を生むとされる。今日最も関心を持たれている研究分野の1つである。太陽粒子はエネルギー的に銀河宇宙線に匹敵する成分もあるが、生成の機構は全く異なる。しかし人間本位に考えた際、これにも被ばくするので、また被ばく線量の大きさは特に大きいので、これも重要である。特に人類の宇宙飛行の際に受ける被ばく線量の算定において重要な意味がある(図1参照)。
 フレア発生から、その粒子群が地表レベルに到達するまでの間に、約30分を要する。と言うことは、航空機乗員や宇宙飛行士をフレアの影響から逃避させる時間的余裕が30分という訳である。そこで、太陽の状態を常時観測する体制ができている。宇宙天気予報と呼ばれるものがそれであり、日本では独立行政法人情報通信研究機構(旧電波研究所または旧通信総合研究所)がこれを担当してきた。フレアには電力会社が高い関心を払っている。なぜなら、フレア影響の最たるものは送電線の損傷だからである。特に地磁気緯度の高い欧米でそれが著しい。地磁気緯度は、日本に比べて欧米の方が約20度だけ高い。それは地球の自転軸の方向と、磁気モーメントの方向が少しずれているためである。
 また太陽フレアと呼べない場合でも、常時プラズマ流(+と−の電荷を等量ずつ含む粒子の気体)が太陽表面から飛び出しており、太陽活動の活発な時期と静穏な時期では、地表に到達する太陽起源のやや低エネルギー粒子の量が異なる。ただし、この場合地球の周辺では、太陽活動が盛んな時期の方が、太陽から到達する粒子群は減少する。これはフォーブシュ減少として有名である。これは航空機高度でよく見られるが、高緯度地方の地上でも同様のことが観測されている。
 一見、太陽活動が盛んなのに逆ではないか、と思われるが、地球にずっと近い地球磁気圏の中においては、これが正しい。すなわち、太陽活動が盛んな時期は太陽プラズマが盛んに磁気圏境界面を押すので、境界面が堅くなって、その外部からやってくる銀河宇宙放射線のうち低エネルギー成分が跳ね返され、あるいは止められてしまうため、地表や航空機レベルという地球周辺では宇宙線強度の低下が起きる。地球磁気圏の外側に出るとこのようなことは起きず、やはり太陽活動の盛んな時期には銀河宇宙放射線の強度は増大する(図2参照)。
 地球大気に飛び込んだ場合、最初に一次粒子がぶつかるのが窒素、酸素、アルゴン等の原子核である。それら原子核から、さらに次の反応に進む陽子が飛び出し、あるいは中性子が飛び出す。ところがそれ以外にも、原子と電子を結びつけている中間子が飛び出す。これらを核カスケード反応と呼ぶ。π粒子にはπとπの2種類があり、さらに電荷を全く持たない中性のπ0もある。3者はほぼ同数ずつとされる。中性のπ0は非常に短い間(10−8秒)に2つの光子に転換される。光子は当然ながら光電子を産み、この電子対が動けば、また光子を産む。航空機レベルで被ばくの原因になるのは、主として電子と言われるが、実は光と電子の混合物である。いずれも宇宙放射線の成分である(図3参照)。
 他方、π(またはπ)はμ(またはμ)に転換されるが、それはπ粒子よりは長い時間内(10−6秒)に起きる。そのため、μ粒子はπ粒子よりも低空まで侵入できる。従って地表面では宇宙放射線被ばくの主たる原因はμ粒子である。地表面では全体の約80%がμ粒子に起因する被ばくであり、20%が電子に起因する被ばくと言われる。ここで電子と記載したのは光子と区別できない為である。また航空機で大きな被ばく源とされるのもこれである。μ粒子は寿命が長いため、地下深くまで侵入可能なのだが、今まで観測された中では地下千数百mのインドのコラ鉱山が最も深い。我が国でも、金沢近傍の鉱山跡等でそれが観測されている。
 エネルギー的には核子当たり600MeVにピークを持つが、これは上限が1013MeV/核種が限界と思われる。これは放医研のシンクロトロンHIMACの最大出力エネルギーの100億倍である。時折起きる太陽フレアは、100MeV/核子に達するような特に高いエネルギーのものを通常は含まない。実際そのような高エネルギーは過去約50年間に一度しか記録が残っていない。1956年のフレアの際である。それが生体にもたらす影響を論じるには、エネルギー・スペクトルを示す必要がある。この点は広く認識されているが、過去のデータは当時それを採取した機器の性能等が不明で、必ずしも理想的とは言えない。最近の2003年の大フレアもエネルギー的には大きくなかった。エネルギーの観測は今後も注目すべきである。
<図/表>
図1 宇宙放射線の種類
図1  宇宙放射線の種類
図2 太陽が盛んな時期の宇宙放射線の増減
図2  太陽が盛んな時期の宇宙放射線の増減
図3 地球大気に衝突して生じるカスケード過程(二次宇宙放射線粒子の種類)
図3  地球大気に衝突して生じるカスケード過程(二次宇宙放射線粒子の種類)

<関連タイトル>
宇宙放射線の起源 (09-01-06-01)
宇宙放射線の計測 (09-01-06-03)
宇宙放射線による年間被ばく (09-01-06-04)
宇宙放射線の影響研究と意義 (09-01-06-05)

<参考文献>
(1)Martin A Pomerantz:Cosmic rays,Van Nostrand Reinhold Company,New York,1971.
(2)藤高和信:地上より高いところで受ける放射線被ばく、日本写真学会誌、67巻、6号、550-555、2004
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