<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 環境中の放射能
<小項目> 環境放射線による被ばくおよびその評価
<タイトル>
航空機搭乗者の被ばく線量 (09-01-05-11)

<概要>
 宇宙から飛来する放射線宇宙線)の強さは高度とともに上昇し、民間のジェット機が飛行する高度では平地の百倍近い強さになる。日本の平野部で1日に受ける実効線量は0.001mSv程度であるが、日本から欧米の都市をジェット機で往復すると1日足らずの時間で0.1mSv程度の被ばくを受ける。ただし、一般乗客の場合は、航空機を利用する機会が少ない分、被ばく全体への寄与は小さい。一方、航空機に乗ることが職務の一部である乗務員の多くは、宇宙線により年間1mSvを超える被ばくを付加的に受けている。本邦航空会社の乗務員の場合、年間の実効線量は平均で2mSv前後、最大で4mSv強と推計されている。
<更新年月>
2009年02月   

<本文>
 高度が増すと、大気の厚みが減るのに伴い、宇宙から飛来する放射線(宇宙線)による被ばくが増える。民間の航空機が飛行する10〜12kmの高さでは、平地に比べて宇宙線の線量は百倍近くになる。そのため、航空機を頻繁に利用する人は、利用しない人よりも概して被ばく線量が増える。
 航空機で飛行中に浴びる宇宙線の主な成分は、銀河系や他の銀河から飛来した高エネルギーの粒子が大気原子と衝突して雪崩状に生じた二次粒子で、中性子陽子電子光子、パイ粒子、ミュー粒子等から構成される(図1)。このうち上空での被ばくに最も寄与するのは中性子で、実効線量の半分ほどを占めると推定される。平地で受ける宇宙線の主要な成分であるミュー粒子は、高度による線量の変化は小さく、航空機では線量への寄与は相対的に小さくなる。特徴的な点として、平地ではほとんど観測されない陽子による被ばくが相当の割合を占めることがある(図2)。
 日本の平野部で1日あたりに受ける平均的な宇宙線の線量は0.001mSv(1μSv)であるが、国内線の旅客機に乗ると1時間足らずの飛行で同程度の被ばくを受ける。日本から欧米の都市へジェット機で1往復すると、0.1mSvほどの被ばく線量になる。これは胸部X線撮影の約2回分に相当する。アジアや豪州へのフライトでは、地磁気緯度が低く宇宙線をはじく力が強いため、欧州便に比べて線量は顕著に低くなる(図3)。
 0.1mSvといっても、私たちは普段の生活で年間2mSvほどの放射線を自然界から受けているので、航空機で遠くの国へ年に1回出かけてもこれが数%増える程度である。航空機を利用する機会の少ない一般乗客には、宇宙線被ばく線量の増加は、平地で受ける自然放射線の変動範囲に収まる程度といえる。
 一方、航空機内が日々の職場である乗務員には、宇宙線により年間1mSvを超える被ばくを付加的に受けることが珍しくない。欧州の調査によれば、航空機乗務員の乗務に伴い付加される実効線量は年間平均で3〜4mSvとされる。
 こうした事実を踏まえ、国際放射線防護委員会(ICRP)は、ジェット機の運航に伴う被ばくを職業被ばくの一部に含める必要があるとの見解を示している(文献1,2)。また、欧州連合(EU)は、航空機乗務員の宇宙線による被ばくを規制の対象とする方針を1996年に理事会指令(文献3)として発し、これを受けてEU加盟国では各国の実情を踏まえた法令やガイドラインを設け、乗務員の被ばく管理を実践している。
 わが国でも、文部科学省の放射線審議会が、2006年4月に「航空機乗務員の宇宙線被ばく管理に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)(文献4)を策定、その翌月に文部科学省・国土交通省・厚生労働省の担当局は、このガイドラインに沿った措置を講じるよう定期航空協会を通して本邦航空会社に通達を行った。
 当該ガイドラインでは、航空機乗務員の被ばく線量管理について、事業者が年間5ミリシーベルトの管理目標値を設定し、乗務員各個人の被ばく線量を抑える努力を自主的に行うことが適切であるとし、付加的な線量増加などが予想される太陽フレアについては、宇宙天気予報などを利用することにより適切な対応を図ることとしている。また、航空機乗務員の宇宙線被ばく線量評価は計算による評価方法で十分な精度が確保できると述べ、必要に応じて計算精度を評価する目的で実測を行って精度維持に留意することとしている。
 これを受けて、国際便を運航する本邦航空会社では、独立行政法人放射線医学総合研究所(放医研)の協力を得て、乗務員約1万8千人の宇宙線被ばく管理を2007年度より開始した。その初年度の推計結果によれば、運航乗務員の被ばく線量は平均1.68mSv、最大3.79mSvで、客室乗務員は平均2.15mSv、最大4.24mSvとなっており、いずれも放射線審議会が提示した管理目標値を下回っている。これらの線量値は、欧米の乗務員に比べて低いレベルにあり、その1つの原因として、日本の地磁気緯度が低いことが挙げられる。
 なお、本邦航空会社における乗務員の被ばく線量計算には、放医研が開発した航路線量計算システム(JISCARD:Japanese Internet System for the Calculation of Aviation Route Doses)の基幹プログラム(文献5)が用いられている。JISCARDは2005年9月より放医研のホームページ上(文献6)で公開運用されており、2008年9月には国内で開発された大気中粒子輸送計算コードPARMA(文献7)を取り入れた汎用型のプログラムJISCARD EXが公開されている。このJISCARD EXを利用すれば、任意の航空路線で受ける被ばく線量を簡単に計算できる。
 航路線量の計算に利用されているコードは外国にいくつかあり、米国のCARI、ドイツのEPCARD、カナダのPC-AIRE等が知られている。また、これらのコードの特長を継承しつつ、新たなコードの開発も進められている。線量評価の専門家チームによる検討の結果(文献8)によれば、飛行条件が確定した後における実効線量の計算値の不確かさ(2σに相当)は25%程度とされている。
 今後の航空機搭乗者の被ばく線量評価における最大の課題は、突発的に起こる太陽フレアへの対応である。太陽フレアは、太陽黒点の周囲において、上空のコロナに蓄えられた太陽磁場のエネルギーが短時間のうちに解放されることによって起こる巨大な爆発現象とされており、大量の高エネルギー粒子が瞬時に惑星間空間へ放出される。その一部は地球の磁気圏に侵入し、稀に大気圏内の宇宙線強度を大きく上昇させることがある。こうした事象は“Ground Level Enhancement(GLE)”と呼ばれ、地磁気緯度の高い地域で中性子線量の顕著な上昇をもたらす(図4)(文献9)。フランスの研究グループは、パリ−サンフランシスコ間の飛行で観測史上最大級のGLEに遭遇した場合、1フライトで4.5mSvの被ばくを受けると推定している(文献10)。線量計算の精度、特に中性子の線量については更に吟味が必要だが(文献11)、一般公衆の線量限度が年間1mSvとされていること(文献2)を踏まえれば、放射線防護の観点から何らかの対策を講じる必要があるといえる。太陽フレアは一種の自然災害と捉え、GLEの発生が検知された時点で、想定される被ばくの状況に応じた適切な対応を迅速に採れるよう体制を整えておくことが望まれる。
<図/表>
図1 大気圏内における宇宙線の反応(イメージ)
図2 宇宙線の実効線量率の高度分布
図3 成田ーサンフランシスコ便と成田ーシドニー便を飛行中の宇宙線線量率の推移
図4 2005年1月20日の太陽フレア発生時に観測された世界各地の中性子モニタのデータ

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<関連タイトル>
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米国自然放射線の疫学調査(アーチャーら) (09-02-07-07)
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<参考文献>
(1)ICRP:“1990 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection”,ICRP Publ.60, Annals of ICRP 21.Pergamon Press:Oxford(1991)
(2)ICRP:“The 2007 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection”.ICRP Publ.103,Annals of ICRP Vol.37(2/4),Pergamon Press,Oxford(2007)
(3)European Union:Council Directive 96/29/EURATOM of 13 May 1996.Off.J.Eur.Commun.L159(1996)
(4)文部科学省:審議会情報,2006,http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/housha/sonota/06051009.htm
(5)保田浩志:放医研が開発した航路線量計算システムJISCARD、放射線科学、51(11)、4-12(2008)
(6)放射線医学総合研究所ホームページ:航路線量計算システムJISCARD(2008)、http://www.nirs.go.jp/research/jiscard/index.shtml
(7)Sato,T.,Yasuda,H.,Niita,K.,Endo,A.and Sihver,L.:Development of PARMA: PHITS based Analytical Radiation Model in the Atmosphere,Radiat.Res.170,244-259(2008)
(8)European Radiation Dosimetry Group:“Cosmic radiation exposure of aircraft crew:compilation of measured and calculated data”,A report of EURADOS Working Group 5.European Commission:Luxembourg,(2004)
(9)Butikofer et al.The extreme solar cosmic ray particle event on 20 January 2005 and its influence on the radiation dose rate at aircraft altitude.Sci.Total Environ.391,177-183(2008)
(10)Lantos,P.and Fuller,N.:History of the solar particle event radiation doses on-board aeroplanes using a semi-empirical model and Concorde measurements.Radiat.Prot.Dosim.,104(3):199-210(2003)
(11)保田浩志:高高度における中性子線被ばくの測定評価、放射線 31(4)、299-312(2005)
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