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<概要>
 環境放射線によって全人類が受けている被ばくの大きさについて、原子放射線の影響に関する国連科学委員会が総括的な算定を行っている。2000年の報告によれば、この算定値は、全世界の人々の実効線量の平均値として、年間一人当たり自然放射線源については2.4ミリシーベルト(以下、mSvで示す)、診断用医学検査によるものが0.4mSv、大気圏核爆発実験によって生成された人工放射性物質によるものが0.005mSv、チェルノブイリ事故によるものが0.002mSv、原子力発電によるものが0.0002mSvとなっている。
 一方、わが国で初めて経験した原子力事故で、国民及び原子力施設の周辺環境住民に大きな影響を与えた「ウラン加工工場臨界事故」(1999年、茨城県東海村)の周辺環境住民の被ばくの大きさについては、原子力安全委員会のウラン加工工場臨界事故調査委員会が詳細を報告している(平成11(1999)年12月24日)。その報告によると施設から350m以内に居住或いは勤務する人が受けた個人の線量は実効線量で最大の人で21mSv、大部分の人は5mSvを下回っていた。日本の人口に対して平均した年実効線量への寄与は無視できる。
<更新年月>
2001年03月   

<本文>
1.はじめに
 私たちは、放射線や放射性物質を取り扱うことを仕事としていなくても、身の回りの環境に存在するさまざまな放射線源から絶えず放射線を浴びている。このような環境放射線によって、日常、地球上の全人類が受けている被ばくの大きさとその被ばくが私たちと私たちの子孫にもたらす影響は如何であろうか? この問題を評価するために、国際連合に「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)が設立された。
 ここでは、このUNSCEARの2000年報告に基づいて、全世界の一般の人々が環境放射線から受けている平均の被ばくの大きさについて説明する。さらに、地域的に限ったもので世界の人々の被ばくの大きさに影響を及ぼさなかったが、原子力発電などの核燃料サイクルに係る被ばくの1例として、1999年の株式会社ジェー・シー・オー(以下、JCOと記す)のウラン加工工場臨界事故を取り上げる。そして事業所周辺環境の住民らが受けた被ばくの大きさについて、主に原子力安全委員会、ウラン加工工場臨界事故調査委員会の「ウラン加工工場臨界事故調査委員会報告」に基づいて説明する。
2.環境中の放射線源
 私たちが、日常、生活している環境中に存在する放射線源は、その起源に着目して、自然放射線源と人工放射線源の二つに分類することができる。
 自然放射線源は、さらに、地球外起源のものと地球起源のものとに分けられる。地球外起源の第1のものは、宇宙から地球に到達する宇宙線で、第2のものは宇宙線が大気中の物質と反応することによって造りだされる放射性物質である。これは宇宙線生成放射性核種とも呼ばれ、特に人間の被ばくに寄与しているといえるのはトリチウム、ベリリウム7、炭素14及びナトリウム22の4核種である。
 地球起源の放射線源は、地球の誕生以来地殻中に存在してきた放射性核種で原始放射性核種と呼ばれ、カリウム40、ルビジウム87、ウラン系列及びトリウム系列の核種である。
 人工放射線源のうち、全地球的に、人間の被ばくへの寄与が比較的大きいのは、2000年報告時で、大きい順に記すと、主に、診断のための医学検査、大気圏核爆発、チェルノブイリ事故、原子力発電によるものである。
 医学利用で使用される線源には、診断用放射線、放射線治療、核医学、インターベンショナルラジオロジー(IVR)用のものが含まれる。これらの分野は高度な医学技術であるので、線源は先進国に偏っている。そして先進国では国民の老齢化で、開発途上国では技術の採用で、一層の普及が予想され、線源の量は今後増加すると考えられている。例えばコンピュータ断層撮影法(CT)やIVR(*1)の普及によるX線利用の増加、核医学における放射性医薬品利用の増加などである。医学利用には診断、治療、研究の3分野があるが、臨床では被検者や患者の利益に直接関係するので、高線量を使用する治療の分野は除き、基本的には、それぞれの被検者や患者から医学情報を得るに必要かつ充分であるような低い線量(代表的には実効線量で0.1〜10mSv)が使用される診断の分野のみ、特に健康管理(ヘルスケア)の分野をUNSCEARの2000年報告書の対象にしている。
 1980年までに大気圏内で行われた核爆発実験で生成された放射性核種は世界中に降下し、このうち、主な核種のストロンチウム90及びセシウム137 は次第に減少しているが、現在でも放射線源となっている。
 1986年に発生したチェルノブイリ事故では、ベラルーシ、ロシア共和国、ウクライナの3国の広大な地域が汚染され、核種等の詳細はここでは記さないが、放出放射性核種の降下物が北半球のすべての国で測定された。
 原子力発電に関連して発生する放射線源には、核燃料の原料の採掘と精錬、燃料の濃縮と加工、発電、使用済み燃料の再処理、輸送及び放射性廃棄物の処分という一連の流れ、いわゆる核燃料サイクルの各段階で環境に放出される放射性物質が含まれる。
 人工放射線源のうち、上述の診断のための医学検査、大気圏核爆発、チェルノブイリ事故、原子力発電以外に、全地球的に、人間の被ばくへの寄与が小さいが、比較的短い期間存在したり、あるいは限られた人・地域に影響を与えるものがある。JCO臨界事故被ばくにおける放射線源はその例で、その事故に特有のものである。いずれにせよ、私たちは生活の中で、これらの放射線源からの放射線を身体の外から浴びたり(外部被ばく)、放射性物質を空気、水、食物とともに身体の中に取り込むことによって被ばく(内部被ばく)を受ける。
3.環境放射線により全人類が受ける被ばくの総括的な線量算定
 宇宙線、宇宙線生成放射性核種及び原始放射性核種を合計した自然放射線源と医学利用やチェルノブイリ事故、核爆発、原子力発電などによる人工放射線源がもたらす被ばくの総括的な線量についてUNSCEARが算定を行っている。
 自然放射線源による被ばくのうちには、その線量が時間的・空間的に一定で、人間の行為や活動と事実上無関係な値をとるものがある。例えば、身体中に存在するカリウム40による内部被ばくは、人間の体重当たりのカリウム量の平均値がわかっているので、線量算定の時期や人が居住している土地などによらない平均的な線量を確定的に算定することができる。一方、線量が人間の行為や活動と強く結びついていて、それによって大きく変わるものもある。ラドンやその崩壊生成物の吸入摂取による内部被ばくは典型的な例で、居住している土地の土の中に含まれているウランやトリウムの濃度、家屋の建材や室内の換気回数などによって、その線量は大きく変動する。また、宇宙線による外部被ばくの線量も、居住する土地の緯度や高度によって変動する。
 このような変動幅を考慮に入れて算定した結果、、UNSCEARは、通常のバックグラウンドの地域における自然放射線による成人一人当たりの平均の年間実効線量を計算している。自然放射線源から生じる被ばく成分(外部被ばく、内部被ばく及びそれぞれを構成する成分)の値については、UNSCEARの2000年報告で再評価されたが、それぞれの成分の合計値に当たる、全世界の成人一人当たりの年間実効線量の大きさは、2.4mSvで、前報告書(1993年)の値と結果的には変っていない。実際の個人線量の値は、ある大きな集団では、集団の約65%が1〜3mSvの間にあり、約25%が1mSv以下、残り約10%が3mSv以上の年実効線量と見込まれている。
 自然放射線源から生じる、年間2.4mSvという線量に最も大きく寄与しているのは、原始放射性核種であるウラン238とトリウム232のそれぞれの崩壊生成物、即ち、ラドン222とラドン220およびそれらの崩壊生成物が含まれている空気の吸入による被ばくで、1.2mSvの線量になっている。宇宙線と原始放射性核種による外部被ばくの線量がこれに続き、0.9mSvとなっている(以上、新報告値)。自然放射線源からの被ばくについて2000年報告書で算定された線量の値をまとめて 表1 に示す。
 人工放射線源のうち、診断のための医学検査(X線)で受ける線量は、UNSCEAR 2000年報告書で、全世界の一人あたり平均の実効線量を年間0.4mSvとしている。この検査を先進国並に受けるとすると、その線量(1.2mSv)は自然放射線からの被ばくの世界平均レベルの約50%に相当する。
 チェルノブイリ事故による被ばくは、原子炉周辺地域で最も高かったが、低いレベルの被ばくはヨーロッパ地域や北半球全体に対しても推定できた。UNSCEARは北半球の一人あたり平均の年実効線量を最大0.04mSv、全世界の一人あたり平均の年実効線量を0.002mSvと見積もっている。事故の最初の年(1986年)には、旧ソ連邦以外のヨーロッパにおける最も高い地域的平均年線量は、自然バックグラウンド放射線のそれの約50%未満であった。しかしその年以降、被ばくは急速に減少した。
 大気圏核爆発実験で生成された放射性物質による被ばくの線量算定のために、UNSCEARは放射性核種の種類ごとにその生成量を推定している。近年、大気圏爆発のデータが公開されるようになり、核実験回数や核分裂収率(生成量)の新しい情報が得られたので、それを用いて、生成された放射性物質の世界規模での動き及びそれら放射性物質の空気中濃度や地表への降下量を、より適切な計算により推定し、線量を算定している。降下物がピークに達し、年間一人当たりの実効線量が最大となった1963年の値、0.15mSvに比べ、2000年には0.005mSvと計算された。この値は核爆発実験が盛んに行われた北半球で10%ほど高く、南半球では低い。
 原子力発電に伴って環境中に放出されている放射性物質による被ばくの線量算定に当たり、UNSCEARは、原子力発電が100年間継続すると仮定し、この期間に生じる累積線量から最大集団線量を推定している。この値は大まかにギガワット・年当り6人Svで、250ギガワット・年の発電が続くと仮定すると世界の人口に対して1500人Svとなる。この期間の世界の人口を考慮に入れると年間一人当たりの実効線量の推定最大値は0.2μSvとなった(著者注:世界人口を75億人としている)。
4.「ウラン加工工場臨界事故」(1999年、茨城県那珂郡東海村)の周辺環境住民の線量算定
 事故被ばくの例として記すこの事故はJCO東海事業所のウラン転換試験棟で発生したもので、核燃料製造の過程で臨界になり臨界状態が終了するまで約20時間強を要した。
 この事故で、施設周辺環境にも達する放射線と放射性物質を放出した。放射線は中性子線とガンマ線であり、施設外にまで到達した。その中性子線とガンマ線の比は場の線量として約9:1であった。放射性物質については、希ガスと揮発性物質のヨウ素の放射性核種で、粒子状物質の放射性核種は施設外への放出はなかった。施設外に放出された希ガス及びヨウ素から成るガス状放射性物質による影響は、周辺環境中で最大線量になる地点での線量が0.1mSv程度であったことから十分に小さかった。環境で検出された放射性核種は、ナトリウム24、マンガン56(以上、土壌)、ストロンチウム91、セシウム138、バリウム140、ランタン140(以上、大気塵埃)、ヨウ素131、133、135(大気、土壌、農産物)の9核種である(括弧内は検出試料の種類)。
 事故により周辺住民については推定で線量が算定評価された。対象になる住民は東海村当局から避難要請が出された概ね350m以内の区域内に居住または勤務する者で、このうち事故発生から20時間後までの間に1km圏内に留まっていなかった者と実測で線量が算定評価された者は除いている。後者の実測で線量が算定された者はホールボディカウンタ(WBC)で体内汚染が検出された者である。外部被ばくにおける線量の推定はJCO敷地内外の空間線量率などのデータから行った。内部被ばくにおける線量(この場合、実効預託線量)の推定は、環境試料中の放射性核種の放射能レベルが低くかつ放射性崩壊が短時間で進む核種であったこと、外部被ばくの積算線量の結果が低いレベルであったことから、内部被ばくの線量は更に小さく無視してよいと考え行わなかった(但し、転換試験棟近傍に事故後数時間滞在したため、WBCで体内汚染を実測し線量が算定評価された者は除く)。ここでいう積算線量とは臨界が続いた約20時間強の間に中性子線とガンマ線から受けた線量(実効線量)を合計したものである。
 この結果、東海村住民90名、那珂町住民24名、周辺事業所の勤務者93名、計207名(体内被ばくの実測者7名を含む)の個人の実効線量当量(mSv)は以下のようであった。5未満:180名、5以上10未満:18名、10以上15未満:6名、15以上20未満:2名、21:1名。このうち7名の実測者の値は6.7〜16mSvであった。今、この区分けに従って分類された人がそれぞれの区分けの最高値の線量で被ばくしたと仮定すると、207名についての積算線量即ちこの集団の集団線量は1.3人Svになる。日本の全人口1.24億人が自然放射線から受ける年間の被ばくは集団線量で1.48mSv×(1.24×108人)=1.84×105人Svであるから、1.3人Svをこれに加算して国民一人当りの年間実効線量を求め直すとその影響は無視できるほど小さいことが解る。[(1.84×105人Sv+1.3人Sv)/(1.24×108人)=1.48×10−3 Sv]。なお、この項では旧用語の実効線量をそのまま用いている。
5.まとめ
 自然放射線源及び人工放射線源がもたらす被ばくの総括的な線量について、UNSCEARが行った算定を 表2 にまとめた。私たちが日常生活の中で身の回りの環境から受けている放射線による被ばくのうちで、最も大きいのは自然放射線源によるものであり、これに対して人工放射線源による被ばくは極めて小さいと推定できることがこの表から分かる。
 1999年9月30日に発生したわが国で初めて経験するJCOの臨界事故は地域的に限定され比較的短時日で終息したが、周辺住民の被ばくを伴うものであった。この事故に関わった人の線量を 表3 に示す。施設周辺住民個人について算定・評価された線量は最大21mSv(207人中1人)であったが、大部分の人(207人中180人)は5mSvを下回り、これを国民の一人当りに平均した実効線量に換算すると無視できる大きさである。

[用語解説]
(*1) interventional radiology(IVR)とは、X線CT、超音波、核医学、ディジタルラジオグラフィ、MRIなどの画像診断技術を応用して、病変部に接近または到達し、各種の疾患の治療や病理組織生検
などを行うこと。
<図/表>
表1 自然線源からの平均被ばく線量
表1  自然線源からの平均被ばく線量
表2 自然及び人工線源から2000年に受ける1人当り年実効線量
表2  自然及び人工線源から2000年に受ける1人当り年実効線量
表3 ウラン加工工場臨界事故に伴う人への線量の状況について
表3  ウラン加工工場臨界事故に伴う人への線量の状況について

<関連タイトル>
自然放射線(能) (09-01-01-01)
人工放射線(能) (09-01-01-03)
フォールアウト (09-01-01-05)
自然放射線による被ばく (09-01-05-04)
世界における自然放射線による放射線被ばく (09-01-05-05)
世界における人工放射線による放射線被ばく (09-01-05-07)
実効線量 (09-04-02-03)
宇宙線の発見 (16-02-01-02)
自然放射能の発見 (16-02-01-04)
人工放射能の発見 (16-02-01-05)

<参考文献>
(1) 原子放射線の影響に関する国連科学委員会の報告書「電離放射線の線源と影響」2000年版
(2) 岩崎民子、中村裕二:放射線の線源と影響、放射線科学、43(12)p372-379,44(2)p38-46
(3) 原子力安全委員会:ウラン加工工場臨界事故調査委員会報告 (1999年)
 
(4) (財)原子力安全研究協会:生活環境放射線(国民線量の算定) (1992年8月)
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