<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 環境中の放射能
<小項目> 環境放射能の人体への移行
<タイトル>
フォールアウトからの人体内セシウム(40年の歴史) (09-01-04-11)

<概要>
 人体内の放射性セシウムは尿や組織の放射化学分析により、あるいはホールボデイカウンタを用いて検出・測定ができる。1945年、米国ネバダ砂漠で行われた最初の核実験以来繰り返された核実験やチェルノブイリ原子力発電所事故などにより放出されて食物連鎖を介して人体に摂取され、蓄積されたセシウム137の放射能がセシウム137の体内量である。体内量は摂取する食物の汚染の程度や汚染の継続時間によって異なる。また、食物の摂取量や生物学的半減期に違いのある性や年齢によっても体内量は異なる。
 ホールボデイカウンタで測定された日本人の成人男子について1963年から1994年までの体内量の推移、同程度の期間測定が行われたスウェーデンとカナダにおける体内量の推移を中心に述べる。性、年齢層などのパラメータと体内量の関係、さらに乳児期の体内量の推移の特異性についても述べる。
<更新年月>
2006年12月   

<本文>
 核実験等で生じるフォールアウトはセシウム137(137Cs)を含んでいる。137Csは、30年の物理的半減期でベータ壊変する。壊変して生じたバリウム137mは非常に短い物理的半減期でガンマ線を放出して、安定なバリウム137になる。人体内に137Csが存在することは、排泄物や組織から放出されるベータ線を放射化学的な方法で測定することによって検証できる。また組織透過力の大きいガンマ線をホールボデイカウンタ(WBC)で測定して全身に存在する137Csの量(体内量)を知ることもできる。
 核実験等で地表に届いた137Csは食物連鎖を介して人体に摂取される。侵入した137Csが人体内にとどまる時間を生物学的半減期で表すと、日本人成人男子では平均およそ90日であり比較的短い。体内量の推移は排泄量と摂取量との差で決まる。排泄量は生物学的半減期と体内量で決まり、生物学的半減期は摂取量と比較すると安定しているので、体内量の推移は摂取食品の汚染状態の推移に類似した経時変化を示す。
 1945年、米国ネバダ砂漠で実施された最初の核実験により、137Csは人類の環境に存在することになった。冷戦時代に盛んに行われた核実験により大量の137Csが食物連鎖の中に侵入した。人体の137Csによる汚染は初期には相対的に安価に結果が得られる放射化学分析を用いてベータ線計測により間接的に検証されていたが、放射化学分析からは代謝データを駆使しないと体内量、ひいては内部被ばく線量を推定することはできない。一方、WBCは全身に存在する137Csを計測するので測定時点の体内量を直接得ることができ、この方法で推定される被ばく線量は正確さにおいて放射化学分析よりもはるかに優れている。
1.40年(1955年―1995年)間の体内量概略
 1955年に、米国オークリッジ国立研究所でWBCを用いて体内量を測定することに成功した。核実験は1963年以前にその大部分が行われ、わけても1957,1958両年と1961,1962両年に行われた核実験は体内量を著しく増加させた(図1参照)。
 核実験を起源とする放射能汚染が地球規模になり、人類への放射線影響を憂慮した国連は「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」を設置して世界の放射能レベルの調査を開始した。137Csによる体内汚染についても放射化学分析によるデータおよびWBCによる体内量データが収集され、その推移が追跡された。このような状況下でWBCの設置が急速に進んだ。1962年大気圏内核実験停止条約が締結され、大規模な大気圏内実験は中止されたが、フランスはなお数年後まで、1964年10月に新たに核保有国となった中国は1980年10月まで大気圏内核実験を継続した。中国による核実験の影響は地理的に近い日本で体内量の推移に明らかな変化を与えた。
 1986年4月に発生したチェルノブイリ原子力発電所事故は世界規模の放射性セシウム汚染を発生させ、わけても旧ソ連邦を含むヨーロッパに甚大な放射能汚染が生じた。1980年代に減少していた体内量がこの事故の影響で、大規模核実験の影響と同程度にまで増加した地域もある。日本は事故地から遠距離にあるため、体内量への影響は大気圏内核実験からの影響と比べるとはるかに少なく1995年にはWBCでは測定できない量にまで減少した。
 南半球諸国の体内量は概して低く推移した。チェルノブイリ事故の影響も体内量に変化をもたらすほどのことはなく、北半球から輸入された食品を摂取して一時的に体内量が増加する程度であった。
2.日本人の体内量の推移
(1)米国・ソ連邦による核実験の影響
 南太平洋で米、英、仏が、北極圏で旧ソ連が行った大気圏内核実験のフォールアウトは日本へも到達し、その影響調査が1956年から組織的に始められた。1959年には中学生の尿中の137Cs濃度測定が放射化学分析を用いて開始された。1962年に日本にもWBCが導入された結果、体内量測定が可能になり、1963年からはこの手法が影響調査に取り入れられて、中学生尿中の137Cs濃度の測定は1964年で中止された。尿中の137Cs濃度(年平均値と標準誤差)は1961、62年に最低値となり、以後1964年まで急激に上昇した(図2参照)。1963年から開始された成人男子群の1日尿への137Cs排泄量は1964年に最大値となり、1965年の2度目のピーク値以後、1967年まで減少した(図3参照)。尿中の137Cs濃度は1961年から増加し続けて1964年に最大に達したことが示唆されている。中学生と成人男子との生物学的パラメータの数値について年齢による違いを考慮して、1959年から1962年の成人男子群の体内量が推定された。1963年から1994年までWBCによって測定された体内量にこの期間の推定値を加えると、日本人成人男子群の年平均体内量と標準誤差は1959年から1994年まで図4のように推移した。最大の年平均体内量は1964年に出現し531Bqに達した(図4参照)。これは米国・旧ソ連により1961,62年に行われた大気圏内核実験の影響である。この影響は1.5年の半減期で減少した。累積内部被ばく線量は105μSvと推定された。
(2)中国による核実験の影響
 中国による大気圏内核実験は1964年10月に始まる。その影響は相対的には少なく、米国・旧ソ連による影響が減少した1960年代末から体内量の減少速度の低下によって顕在化し始めた。1971年に最大年平均体内量、86Bqが出現した。1980年以降1985年までの年平均体内量値は20Bq未満で推移した(図4参照)。
(3)チェルノブイリ原子力発電所事故の影響
 1986年5月1日から体内量の上昇が始まり、この事故の日本人への影響が検出され始めた。1986年は前年の約2倍の年平均体内量、事故影響の最大は1987年に出現した54Bqであった。その体内量は1960年初期の核実験による体内量の減少速度と同じく、1.8年の半減期で推移した(図4参照)。
3.外国の体内量の推移
 スウェーデンでは1959年以降体内量を計測している。ストックホルムでは世界規模の核実験により、1965年に体内量最大値15Bq/kgが現れた。日本人成人男子より若干高く、1年遅れで出現し、2.1年の半減期で推移した。チェルノブイリ事故の影響では、最大値は8.2Bq/kgで1987年秋に出現、これは日本人より1桁大きかった。半減期1.1年で推移した(図5参照)。牛乳の摂取量が多いので牛乳の137Cs濃度と体内量とは推移が極めて似ていた(図6参照)。北部カナダ及びアラスカ極地方住人の体内量が1963年以降1979年まで計測された。チェルノブイリ事故後測定を再開して1990年まで計測を継続している。チェルノブイリ事故影響は相対的に小さく、核実験からの残留部分による影響の1/4程度と見積もられた(図7参照)。
4.性別と年齢別、居住地別体内量の推移
 北部カナダおよびアラスカ極地方2地域の住人の体内濃度(体内量/体重)を1967,1968年のいずれか(時期A)および1989,1990年(時期B)で比較すると、体内濃度の大きい2地域では両時期ともにすべての年齢で男性の方が女性よりも大きい。時期Aには成長期に低く、60歳以上で低下する傾向が見える。時期Bには加齢によって体内濃度が徐々に増加していく傾向がある。ここで体内濃度は時期Aが時期Bより1桁大きい(図8参照)。特殊な食習慣のある居住地や食品の流通事情に違いがある地域の体内量はそれぞれ固有の推移を示した(図9参照)。
 乳児期は成長が顕著で特殊な成長過程であるが、乳児の体内量の測定例はまれでその推移についてもデータは限られている。1966年に日本人母乳児について生後2か月から6か月まで計測された体内量の推移には成長に伴い母乳摂取量は増加するにもかかわらず変化が見えない。これは食物に含まれる137Csが減少している時期であったので、成人男子群の体内量の推移(図4参照)から推測されるように母親の体内量も減少し、母乳を介して摂取され乳児に移行する137Csの量もまた減少していたことによる。体重が増加したため体内濃度は顕著な減少に推移した。しかし6か月時の体内濃度は分娩1ヵ月前の母親の体内濃度のなお2倍であった(表1参照)。
<図/表>
表1 母子体内量、カリウム量の測定結果
図1 北半球諸国から報告された1956年1月から1966年12月までのセシウム137体内量
図2 日本人中学生尿のセシウム137濃度の推移(1959-1964年)
図3 日本人成人男子群の1日排泄尿中のセシウム137(1963−1967年)
図4 日本人成人男子群のセシウム137体内量の推移
図5 スウェーデンにおけるセシウム137体内量の推移
図6 セシウム137の牛乳中の濃度と人体内濃度(ストックホルム、スェーデン)
図7 カナダの集落ごとの人体内放射性セシウム濃度の推移
図8 性別・年齢層別放射性セシウム濃度(1967年カナダ・ベイカー湖)
図9 多様な集団のセシウム137平均体内濃度

・図表を一括してダウンロードする場合は ここをクリックして下さい。


<関連タイトル>
フォールアウト (09-01-01-05)
人体中の放射能 (09-01-01-07)
放射性物質の人体までの移行経路 (09-01-03-01)
日常の食生活を通じて摂取される放射性核種の量 (09-01-04-05)
大気圏内核実験当時の体内放射能とチェルノブイリ事故後の体内放射能 (09-01-04-09)
内部被ばく (09-01-05-02)
全身カウンタ (09-04-03-11)

<参考文献>
(1)放射線医学総合研究所監訳:放射線の線源、影響及びリスク 原子放射線の影響に関する国連委員会総会への1988年報告書、附属書付、実業公報社(1990)、p.15
(2)C.R.Richmond and J.E.Furchner:Cesium-137 Body Burdens in Man:January 1956 to December 1966, Radiat. Res. 32, 541 (1967)
(3) M. Izawa and H. Tsubota: Cesium-137 concentration in human urine and estimation of Cesium-137 body burden due to world-wide fallout, J. Radiat. Res. 3, 123, 125 (1962)
(4)M. Izawa, M. Saiki, M. Uchiyama and M. Tano: Cesium-137 in Human Urine, Radioactivity Survey Data in Japan 3, 31-34 (1964)
(5)M. Saiki, M. Uchiyama and C. Tsai: Cesium-137 in Human Urine, Radioactivity Survey Data in Japan 6, 20-22 (1965)
(6)M. Uchiyama, T. Iinuma and M. Saiki: Relationship between body burden and urinary excretion of cesium-137 in man following fallout cesium-137 ingestion, Health Phys. 16, 279 (1969)
(7)M. Uchiyama, Y. Nakamura and S. Kobayashi: Analysis of body-burden measurements of 137Cs and 40K in a Japanese group over a period of 5 years following the Chernobyl accident, Health Phys. 71, 322 (1996)
(8)M. Uchiyama and S. Kobayashi: Increased body burden of radiocesium in four cases of Japanese after the Chernobyl reactor accident, J. Nucl. Sci. Technol. 25, 413 (1988)
(9)L. Moberg(ed.): The Chernobyl Fallout in Sweden Results from a research programme on environmental radiology,The Swedish Radiation Protection Institute (1991) 551, 552, 554
(10)B.L.Tracy, G. H. Kramer, J. M. Zielinski and H. Uiang: Radiocesium body burdens in residents of Northern Canada from 1963-1990, Health Phys. 72, 435, 437 (1997)
(11) M.R. Sikov and D. D. Mahlum(edit.): Radiation Biology of the Fetal and Juvenile Mammal, U. S. A.E.C. Div. of Technical Information (1969), 107
RIST RISTトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ