<大項目> 放射線影響と放射線防護
<中項目> 環境中の放射能
<小項目> 環境放射能の人体への移行
<タイトル>
チェルノブイリをめぐる放射線影響問題 (09-01-04-10)

<概要>
 1986年4月26日未明、チェルノブイリ原子力発電所の4号炉が爆発するという事故があった。原子炉は事故で破壊され、大量の放射性物質が環境中に放出され、多くの作業者が大量の放射線被ばくし、死者もでる重篤な健康影響を生じた。
 国連科学委員会はこの事故に特別な注意を払い、事故発生以来調査を続けており、原子放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告書の中でチェルノブイリ事故の放射線影響を取り上げている。
 個人被ばくの原因となる放射性核種は、主にヨウ素131、セシウム 134、セシウム137であり、ヨウ素131は半減期が8日と短いが、甲状腺に局所的に集まる。食物摂取、代謝や甲状腺の大きさとも関連して、幼児や小児の被ばく線量は通常成人より高い。健康影響について、集団の平均被ばく線量は、ある特定の期間においてがんの平均発生率と関係があるという結果であるが、個人の被ばく線量データが利用できないため、その影響が放射線に関連したものかどうかを決めることは難しく、またリスクの確実な定量的推定を行うこともできないでいる。
<更新年月>
2003年01月   

<本文>
1.チェルノブイリ原子力発電所事故の経緯
 1986年4月26日未明、ソ連、ウクライナ共和国西部にあるチェルノブイリ原子力発電所の4号炉が爆発するという事故があった。保守のため原子炉を停止する際の電気調整系統の実験テスト中に起きた。運転者は安全規制に違反して、重要な制御系統のスイッチを切ったため、原子炉は不安定な低出力状態になった。急激な出力の異常上昇が蒸気爆発を生じ、原子炉容器を破壊した。これがさらに猛烈な燃料−蒸気反応を起こし、原子炉の炉心を破壊し、原子炉建屋に重大な破損を生じた。
 これ以前、1979年に米国のスリーマイル島原子炉で起きた事故では、炉心に重大な破損を生じたが、蒸気爆発には至らなかった。しかも、この場合原子炉を取り巻いている保持建屋は放射性気体の放出を防ぎ、漏れたのは微量であった。チェルノブイリ原子炉にはこの保持構造が無かった。爆発後強烈な黒鉛火災が10日間続いた。これらの状況の下、大量の放射性物質の放出が起きた。
 事故当時、西向きの風が吹いていたため、放出された放射性気体と粒子は、西方へ拡散し、ウクライナ共和国地域内に高い放射能汚染の狭く長い帯が生じた。その後、4月26日と27日には、原子炉部分からの放射性物質の移動は北西方向への気流となって白ロシア共和国に向かい、4月28〜29日には北東及び東の方向へ変わり、29日の終わりと30日頃には南東及び南の方向へと変わった。このように、風向きはほぼ360度変化したため、放射能汚染も各方向に広く拡散した。
 国連科学委員会はこの事故に特別な注意を払い、事故発生以来調査を続けている。原子放射線の影響に関する国連科学委員会2000年報告書の中でチェルノブイリ事故の放射線影響を取り上げている。個人の被ばくと健康影響について、その内容の要旨をつぎに紹介する。
2.個人の被ばく
 個人被ばくの原因となった原子炉から放出された放射性核種は、主にヨウ素131、セシウム134、セシウム137であった。ヨウ素131は半減期が8日と短いが、大気からまた牛乳や葉菜を通じて比較的急速に人体に入っていくことができる。ヨウ素は甲状腺に局所的に集まる。そのため、これらの食物を摂取することにより、また甲状腺の大きさや代謝とも関連して、幼児や小児の被ばく線量は通常成人より高い。
 セシウムの同位元素は比較的半減期が長い(セシウム134で2年、セシウム137で30年)。これらの放射性核種は摂取経路を通じ、また地上に降下したものから外部被ばくにより長期間の被ばくを受ける。事故と関連したその他の多くの放射性核種が、被ばく評価でも考慮された。
 チェルノブイリ事故は、その直後に多くの重篤な放射線障害をもたらした。1986年4月26日早朝にサイトにいた600人の作業者の中134名が高線量(0.7−13.4Gy)を受け、放射線症となった。この中28名が最初の3か月以内に、他に2名が事故直後に死亡した。さらに、1986年から1987年の間に約20万人の事故処理作業者が0.01−0.5Gyを被ばくした。この場合は、がんや他の疾患などの晩発性影響の潜在的リスクがあり、彼等の健康状態が綿密に追跡されている。(ATOMICA <09-03-02-06>参照)
 避難した116,000人の平均線量は30mSvであり、汚染した地域に住み続けている人達は、事故後最初の10日間に受けた線量は10mSvである。ベラルーシ、ロシア、ウクライナ以外の他のヨーロッパ諸国も事故によって影響を受けたが、事故後最初の1年で多くてせいぜい1mSvであり、その後年を経るに従い徐々に減少した。生涯線量は最初の年に受けた線量の2−5倍と推定されるが、この線量は自然バックグラウンド放射線から受ける年線量に相当する程度であり、従って、放射線学的にはほとんど意味がない。
3.健康影響
 健康影響に関するデータの蓄積には時間を必要とする。事故から約15年を経た2000年ようやく、狭い範囲の線量と事故の影響について最初の評価がなされた。国連科学委員会の評価の詳細な結果については、参考文献1の付属書J「チェルノブイリ事故の被ばくと影響」に記載されている。
 調査は、チェルイブイリ事故で放出された放射性核種による被ばくと晩発性影響の小児の甲状腺がんとの関係について焦点が当てられてきた。今日までに完了した主な研究は、集団の平均被ばく線量はある特定の期間において、がんの平均発生率と関係があるというものである。しかし、個人の被ばく線量の測定データが利用できないため、その影響が放射線に関連したものかどうかを決めることは難しく、またリスクの確実な定量的推定を行うことも出来ない。個人の被ばく線量の再構築は、チェルノブイリ事故に関連した放射線によるがんの今後の研究にとって鍵となっている。
 特に影響を受けたベラルーシ、ロシア、ウクライナ三か国の重度汚染地域で、被ばくした小児に甲状腺がんが従来の知識から予測されるよりも非常に多かった(約1,800人)。このような高い発生率と短い潜伏期は異常であった。他の要因がリスクに影響しているかもしれない。もしもこの傾向が2000年まで続いているとすれば、若い年齢で被ばくした人達には特に甲状腺がんの増加が予想される。
 小児被ばく後の甲状腺がんの増加の他に、電離放射線が寄与しているといわれている全がんについての発生率や死亡率の増加は認められていない。重要関心事の一つである白血病(白血病は2−10年の短い潜伏期で被ばく後に最初に現れるがんである)のリスクは、事故処理作業者でさえも上昇していないようである。電離放射線に関係した他の非悪性疾患発症の証拠も無い。事故に対する広範な心理学的反応が現れているが、それらは放射線の恐怖によるものであり、実際の被ばく線量によるものではない。
 チェルノブイリ事故発生までに、旧ソ連邦の全がんの発生率はすでに増加傾向にあり、影響を受けた地域で事故前にも増加が観察されていたことは注目しなければならい。さらに、一般的な死亡の増加は殆どの地域で近年報告されており、これらはチェルノブイリ関連研究の結果を説明する場合には十分考慮すべきことである。
 電離放射線に長期被ばくした場合の晩発性影響に関する現在の知識は限られている。それは線量反応評価が高線量被ばくと動物実験の研究に大きく依存しているからである。(外挿は必要であるが、その場合にはいつも不確かさが関与してくる)チェルノブイリ事故は長期被ばくの晩発性影響を明らかにするのに適した研究材料であるが、大部分の個人の受けた線量が低いので、がんの発生率や死亡率の増加を疫学研究で検出することは難しい。将来の一つの挑戦は、推定値の不確かさを含め個々人の線量推定値を求めることであり、また長期間にわたって累積される線量の影響を推定することであろう。
<関連タイトル>
放射線の急性影響 (09-02-03-01)
ウクライナ共和国チェルノブイル原子力発電所事故後の放射能対策 (09-03-02-06)
安定ヨウ素剤投与 (09-03-03-05)

<参考文献>
(1)放射線医学総合研究所(監訳):放射線の線源と影響、原子放射線の影響に関する国連科学委員会の、総会に対する2000年報告書 付属書付、下巻:影響、実業公報社(2002年3月)、p.25-27
(2)原子力工業 第36巻 日刊工業新聞社(1990年5月)
(3)原子力資料 NO.222 日本原子力産業会議(1989年7月)
(4)原子力資料 NO.234 日本原子力産業会議(1990年7月)
RIST RISTトップページへ ATOMICA ATOMICAトップページへ