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<概要>
 ラジオアイソトープ(RI)からの放射線と物質との相互作用を利用し、物質中の特定成分の濃度を計測する分析計測機器として、産業分野においてはガスクロマトグラフ装置(エレクトロン・キャプチャ・ディテクタ(ECD)付き)、硫黄分析計、及び蛍光X線分析計が広く普及し、日常的に用いられている。ECDは、一種の電離箱の中にβ線源を内蔵し、その電離作用で生じる電離電流が、塩素系化合物などにより減少するのを検出するもので、残留農薬などの環境汚染物質分析にとくに鋭敏な特徴を有している。硫黄分析計は、低エネルギーγ線又はX線の透過吸収あるいは蛍光X線励起を利用して、石油中の硫黄分を分析計測するもので、RIを使用したものは精油所、火力発電所などでのオンライン計測に多く用いられている。蛍光X線分析計では、X線管球に代わってRI線源が用いられ、ポータブル分析計やオンライン分析計などにその特徴を発揮している。
<更新年月>
2005年04月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 ラジオアイソトープ(RI)線源からの放射線を利用して、物質中の化合物成分あるいは元素成分を分析計測する機器は、その使用に際し法令(放射線障害防止法)による規制を受けるが、線源の小型、軽量、電力不要で簡便かつ安定性に優れていることなどの特徴を生かして、以下のようなものが、産業界で広く日常的に用いられている。
1.ガスクロマトグラフ装置(ECD付き)
1.1 ガスクロマトグラフ装置とは
 内径数mmの細い管に充填材を詰めたカラムに、窒素などの不活性ガス(キャリヤガス)を流しておき、これに試料ガスを瞬間的に注入する(図1参照)。試料ガス中の成分によって充填材との親和性が異なるので、カラムの通過時間に差があり、カラム出口では成分ごとに分離されて出てくる。この分離された成分を適当な検出器で次々に検知測定する。検出器としては、早くから広く使われてきた熱伝導度検出器のほか、何種類かがある。その中で、RIをイオン化源に用いたイオン化検出器として、動作原理の異なる数種類の検出器が開発されたが、とくに優れた特徴をもったエレクトロン・キャプチャ・ディテクタ(ECD)だけが現在まで生き残り、民間企業では1,876台(2004年3月現在)使われている。
1.2 ECDの原理
 図1に示すように、カラムの出口に取り付けられたECDセル内には、板状のβ線源があり、キャリヤガスがイオン化されるため、常時一定の電離電流が流れている。ここに試料からのガス成分でハロゲン化合物などの親電子性化合物の分子が流入すると、電子を捕獲して負イオンが出来る。負イオンは電子に比べ電極への移動速度が遅く、かつ陽イオンとの再結合の確率も大きいため、電離電流は減少する。その減少信号を増幅し、記録計に反転記録したものがクロマトグラムである(図2参照)。
1.3 ECD付きガスクロマトグラフ装置の特徴
 本装置は、上述のように、親電子性の大きい特定の物質に対して選択的に極めて高い感度を有する(0.1ppb〜10ppm)。このため、塩素系残留農薬、PCB、有機水銀、水道水中のトリハロメタンなど、環境汚染物質の微量分析の有力な手段となっている。
 RI線源には、63Niの370MBq程度のβ線源が多く用いられているが、同核種を使用したもので、設計承認及び機構確認を受けたガスクロマトグラフ用ECDは、表示付放射性同位元素装備機器として、その利用上の法規制が大幅に緩和されている。
2.硫黄分析計
2.1 計測の対象と目的
 我が国における石油の消費量は経済の高度成長とともに急激に増加し、その大量消費に伴って、石油中の硫黄分に起因した亜硫酸ガスによる大気汚染の問題がクローズアップされるようになった。このため、燃料油等石油製品中の硫黄の分析管理が重要となり、時間と人手、習熟を要する従来の化学分析法に代わって、迅速、簡便に充分高い精度の得られる分析機器として、RI放射線を用いた硫黄分析計が開発された。
 機器の使用方法で分けると、採取試料を試験室で測定する試験室用機器と工場現場に取り付け連続的に計測を行うオンライン機器とになる。前者の試験室用では、RIの代わりに小型低エネルギーX線管を使用し、放射線障害防止法による規制を免れるようにしたものもある。他方、後者のオンライン用は殆どRI線源の独擅場である。冒頭に述べたRI線源のもつ共通的な利点が生かされ、コンパクトで堅牢、安定、防爆型の機器が作られるからである。オンライン機器の大部分は、石油精製業、ガス、電力業で使われ、45事業所で総数173台の分析計が使われている。
2.2 分析原理
 燃料油等石油製品の主成分は水素と炭素であり、不純物として数wt%以下の硫黄を含む。その他の金属成分等は一般に非常に少ない。そこで、硫黄分の測定には、低エネルギーのX(またはγ)線の吸収が、水素、炭素より硫黄で著しく大きいことを利用する透過型(図3)と、X(γ)線で励起された硫黄原子から生ずる特性X線(蛍光X線)を選択的に測定する励起型(図4)とが用いられる(図3参照)。
a.透過型(図3参照)
 水素、炭素、硫黄の重量含有率がCH、CC、CS、X線に対する各元素の質量吸収係数がμH、μC、μS、試料の密度がρ、X線透過方向の厚さがtであるとき、試料透過後のX線強度Iは、試料がないときのX線強度I0に対して、(1)式で表される。

  I=I0 * exp{−(μH*CH+μC*CC+μS)*ρ*t}    (1)

ここで、CH+CC+CS =1 として、他の不純物は無視する。また、CC/CH比の変動を考慮して、

  μCH={μH+μC*(CC/CH)}/{1+(CC/CH)}   (2)

とすると、求めるべき硫黄の濃度は、(3)式から得られる。

  CS={log(I0/I)/(ρ:t)−μCH}/(μS−μCH)      (3)

 従って、μSがμH、μCよりも十分大きい低エネルギーX線(20keV付近)を用い、I0、Iを測定すればCSが求まる。ただし、(3)式に示すように、ρとtが分析結果に直接影響するので、ρ*tが一定になるよう一定重量の試料を測定する方式(図3,a)、あるいはtを一定にしてρを別に測定する定容積方式(図3,b)が採られる。前者は、簡便さのため試験室用に、一方、オンライン機器では連続測定のため、後者が密度計を伴って採用されている。 また、(2)式と(3)式からCC/CH比の変動の影響があることが分かる。この点を解決するためには、図5に示されるように、μHとμCが等しくなる約20keVのX線の使用が最も好ましく、実際、241Amγ線源(59.5keV)と金属ターゲットとの組み合わせにより発生した2次X線などが用いられている。
b.励起型(図4参照)
 硫黄のK吸収端(2.472keV)より適当に高いエネルギーのX線を試料に照射し、試料から発生する硫黄の特性X線(Kα:2.3keV)を選択的に測定することにより、試料の密度、厚さに影響されることなく、硫黄分の濃度を求めることができる。すなわち、原理的に、理想に近い分析法と考えられるが、蛍光X線分析に付き物のマトリックス効果(試料母成分によるX線吸収・増大の影響)は無視できない。実際、石油試料の場合は、CC/CH比の影響が最も大きい。これに対して、55FeX線源(5.9keV)を用い、S-Kα線とコンプトン散乱線の両者の強度をパルス波高選別で測定して、その補正を行うようにしたオンライン用分析機器が実用化されている。
3.蛍光X線分析計
3.1 特性X線発生の原理と方法
 適当に高いエネルギーを有する荷電粒子線(α線、β線等)あるいは電磁波放射線(γ線、X線)は、いずれも、原子の軌道電子を励起状態にし、その結果各元素に固有なエネルギーの特性X線(KX線、LX線等)を発生させることができる。なかでも、X線吸収端を少し超えたエネルギーのXまたはγ線は、励起効率が高く、また、特性X線/散乱線の比も大きくできるので、最もよく用いられる(これをふつう蛍光X線法という)。ただし、一般に、実際測定される特性X線のピークとコンプトン散乱線のパルス波高分布の広がりとを考慮すると、測定すべき特性X線より1.5〜2倍くらい高いエネルギーのXまたはγ線を1次線として用いるのが最適の条件となる。
 実用的には、高エネルギーγ線やβ線の放出がないEC(電子捕獲)壊変またはα壊変型で、低エネルギーXまたはγ線の線束密度が大きくとれる55Fe、244Cm、109Cd、241Am(NpLX線)、241Am−Zr、241Am−Ag等の密封線源が用いられ、X線管球も用いられる。また、比較的弱い放射能(3.7GBq〜22.2GBq程度)の線源で効率良く、蛍光X線を励起・測定するために、ふつう、図6のような線源・試料・検出器の配置がとられる。
3.2 特性X線の測定
 Si(Li)等の冷却型半導体検出器を用いれば、マルチチャネル・パルス波高分析器で、原子番号10以上の元素のKX線ピークをすべて分離して測定することができる。比例計数管及びNaI(Tl)シンチレーション計数管の場合は、エネルギー分解能が低く、それぞれ、原子番号が3及び6以上離れた元素のKX線でなければ分離測定できない。しかし、図6に示すように検出器面積が大きく、測定効率が大きくとれるので、特定元素の分析などに多く用いられている。その場合、原子番号の近接した元素のX線と区別して、特定元素のX線のみを選択的に測定するためには、X線の吸収係数が吸収端の上下で大きく変わること(図7参照)を利用したフィルター技術が用いられる。
 例えば、図7の吸収係数特性を利用して、原子番号の近い元素モリブデンとロジウムの金属箔等の厚さを予め調節しておき、測定すべき銀のKα線を挟む狭いエネルギー帯でのみX線吸収率が大きく異なり、その外側では吸収率がほぼ等しくなるようにした一対の平衡フィルターを、検出器の前面で出し入れし、その計数差から銀成分の分析を行う。
3.3 RI蛍光X線分析計の応用と特徴
 上記のSi(Li)−マルチチャネル分析器システムでは、ろ紙上に採取した大気浮遊塵試料等の多元素同時分析において、ppmレベルの高感度分析も可能である。しかし一般に、X線管球を用いた通常の蛍光X線分析装置が、実験室で汎用分析装置として用いられるのと対照的に、RI線源を用いた蛍光X線分析計は、野外や工場現場などで、特定の対象物中の主成分元素の分析を行う、ポータブル分析計やボアホール検層計、オンライン分析計などに最もその特徴が発揮され、多数使用されている。
 ポータブル分析計は、装置・部品の材料検査、金属スクラップ材等の判別などに、また、ボアホール検層計は鉱石資源探査に、いずれも移動して使用される。他方、オンライン現場での分析計は、先述(2.2.b.)の硫黄分析計のほか、セメント調合原料中のカルシウム成分分析のためにベルトコンベア上や、金属鉱山における選鉱工程の鉱石スラリー中など、特定の工場現場に設置して使用されている。
4.石炭灰分計
 石炭は、実際のエネルギーには炭素分と未燃焼成分で灰分と呼ばれるシリコン、アルミナ、イオウなどから成り立っている。石炭を使用する石炭火力発電所などではエネルギー計算や公害防止の観点から灰分量を迅速に評価する必要がある。図8に示すように、線源としては中エネルギーのγ線を放出する133Ba(256keV)あるいは137Cs(662keV)と低エネルギーのγ線を放出する241Am(60keV)を同時に使用する。200keV以上のγ線は、主として石炭成分とコンプトン散乱によって石炭の面密度に比例して減衰する。一方100keV以下のγ線は光電効果によって減衰する。光電効果はγ線のエネルギーが低いほど重元素成分である灰分の量に依存する。灰分の量を密度で補正することによって目的の重量%を求めることができる。精度は低灰分の石炭では±0.3重量%、高灰分の石炭では±0.7〜1.5重量%が得られる。この種の透過型灰分計は全世界で300台程使用されている。
<図/表>
図1 エレクトロン・キャプチャ・ディテクタ(ECD)付きガスクロマトグラフ装置の概略図
図1  エレクトロン・キャプチャ・ディテクタ(ECD)付きガスクロマトグラフ装置の概略図
図2 ECD付きガスクロマトグラフ装置による緑茶中の残留農薬の分析例
図2  ECD付きガスクロマトグラフ装置による緑茶中の残留農薬の分析例
図3 RIX線透過型硫黄分析計の構成
図3  RIX線透過型硫黄分析計の構成
図4 RIによるX線励起型硫黄分析計の構成
図4  RIによるX線励起型硫黄分析計の構成
図5 X(またはγ)線質量吸収係数のエネルギー依存性(水素、炭素、硫黄の場合)
図5  X(またはγ)線質量吸収係数のエネルギー依存性(水素、炭素、硫黄の場合)
図6 RI蛍光X線分析計の測定ヘッド部概念図
図6  RI蛍光X線分析計の測定ヘッド部概念図
図7 X線吸収端近傍の質量吸収係数のエネルギー依存性(平衡フィルター設計のためのデータ1例)
図7  X線吸収端近傍の質量吸収係数のエネルギー依存性(平衡フィルター設計のためのデータ1例)
図8 石炭灰分計(ベルトコンベア設置、透過型)の概念図
図8  石炭灰分計(ベルトコンベア設置、透過型)の概念図

<関連タイトル>
RIの工業計測用の厚さ計、密度計、水位計などへの利用統計 (08-04-02-06)
RIの工業計測機器への応用原理 (08-04-03-02)

<参考文献>
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(5)日本アイソトープ協会理工学部会 イオン分析計専門委員会:RI式硫黄分析計による重油試料測定上の問題点(2)放射線励起式硫黄分析計、Radioisotopes,24,910-916(1975)
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(11)白川芳幸:特集 RI放射線計測の応用技術、放射線と産業、No.96,10-16(2002)
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