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<概要>
 耐放射線性材料としてここで取り上げるのは有機材料である。有機材料の耐放射線性については、力学特性の低下を中心にして、化学構造の変化を放射線の照射条件の依存性と線量に対する効果の観点から述べる。
<更新年月>
1998年03月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.放射線による材料特性の低下
 [定義と原理]
 材料の耐放射線性はその使用目的とする特性の低下から判定される。材料強度、耐熱性、電気絶縁性、透明性、柔軟性など使用目的は多岐にわたるので、厳密にはそれぞれの目的に合わせた耐放射線性のデータが必要である。しかし、現実的には材料として基本的な特性の変化を調べて耐放射線性を比較することにより、適切な材料を選択し、その中から必要な特性を評価することになる。
 有機材料においては、力学特性が共通する特性であること、また、電気特性の変化は一般的に力学特性が失われてから低下することが多いことから、引張試験による破断強度と破断時の伸びの低下を耐放射線性の評価基準としている。しかし、特殊な使用環境においては分解ガスの量や種類が課題になる。
 有機材料の場合、放射線による特性低下の原因は高分子鎖の間の結合(架橋)と分子鎖の切断、および二重結合等の不飽和結合の増大である。これら架橋、切断、不飽和結合は照射時の雰囲気、特に酸素の有無に大きく依存するとともに、照射温度にも依存する。ある特性の高分子が架橋するか切断になるかは、その高分子の化学構造に係わることであるが、架橋するものであっても、酸素が存在すると切断となる。また、酸素が存在する条件では、放射線を照射する速度(線量率)の依存性が現れてくる。架橋や切断、あるいは分解ガス生成などの反応確率が小さい高分子が、耐放射線性に優れていることになる。
2.耐放射線性有機材料
[目的]
 有機材料は、プラスチックやゴムとして、電気絶縁やシール・パッキング材、イオン交換樹脂やフィルター、あるいは塗料などの材料であり、原子力発電所や放射光等の放射線施設、あるいは人工衛星の機器部品として多種多様に使用されている。有機材料が放射線の環境でどの程度まで耐えられるか、また、その試験をどのようにして行うのが妥当であるかを検討しつつ、使用環境に適した材料を選択することが重要である。
 有機材料に放射線照射すると初期の特性が失われてくるが、その要因は高分子鎖の切断である。しかし、分子鎖の間で結合する反応 (架橋) が限度以上に進行したり、不飽和結合が増大すると特性が低下する場合がある。
[評価試験方法と劣化]
 有機材料の耐放射線性は放射線の照射条件によって大きく変化する。特に、照射雰囲気の酸素と照射時の材料の温度が大きな影響を与える 。
 空気中などの酸素が存在する環境で放射線を照射すると、放射線によって高分子に誘起されたフリーラジカル等の反応活性種が酸素と結合して、酸化分解を引き起こす。ポリエチレンのシート(厚さ1mm)を真空中および酸素中で照射した後、引張試験による破断伸びの変化を 図1に示す 。真空中では、シート全体で架橋が進行するのに対して、酸素中では酸化分解するために、少ない線量で伸びが低下している。すなわち、劣化が加速されることを意味している。この酸化分解は室温あるいは室温以下の温度でも起こるが、この酸化劣化は放射線を与える速度、すなわち、線量率によって異なり、 図2に示すように、線量率が小さくなるにつれて劣化に至る積算線量は少なくなる 。この理由は、酸化される範囲が材料の表面から内部に向かって拡大することにあり、その様子は 図3 に示すような関係式で表すことができる 。酸化される層の厚さは有機材料が放射線照射される雰囲気の酸素分圧Pと線量率Iの比の平方根、√(P/I)に比例する関係にあり、この厚さが有機材料の厚さを超えると、材料全体が均一に酸化劣化することになり、線量率依存性は無くなる。この式から線量率を下げる替わりに酸素分圧を上げて照射することにより、内部まで酸化することができる。この関係を利用して、酸素加圧下で比較的高線量率で照射することにより、空気中低線量率の長時間照射劣化を模擬できることが確認できた(図4)。図1の真空中照射は酸化劣化が無い状態であり、酸素中照射は全体が酸化された状態の劣化を示している。また、図2は酸化劣化が部分的に進行した状態の劣化を示している。
 原子力施設やガンマ線照射施設等で使用される有機材料は、空気中で放射線の線量率が低い(10Gy/h以下) 条件では、材料の厚さが数mm程度であっても十分内部まで酸化劣化が起こる。したがって、そのような用途の有機材料の耐放射線性は内部まで酸化劣化の起こる条件で放射線照射して特性の変化を調べ試験することが重要である。そのような条件で試験して得られたプラスチックおよびゴムの耐放射線性を 図5 に、合成高分子の(繊維状試料)の耐放射線性を 図6に、芳香族系高分子の耐放射線性を 図7に示す。
 宇宙環境のような真空中で使用される有機材料については、酸化劣化の無い状態で照射試験することが必要である。試験試料が厚く、高線量率照射の場合には、空気中であっても酸化層が小さいために、真空中照射の劣化とほぼ同一の劣化を示す。しかし、その厚さが0.1 mm 程度以下のフィルムでは、表面の酸化が全体の劣化に影響を及ぼすので、電子線照射のような極めて線量率の高い照射でも、真空中照射とは明らかな違いが見られる(図8)。したがって、フィルムや繊維のような材料については、真空中で照射して耐放射線性を評価しなければならない。酸素が関与しない場合には、線量率依存性がほとんど認められず、ガンマ線照射(0.1−10kGy/h) と電子線照射(3.6−18MGy/h) の照射で同一の劣化を与えることが見出されている。
 照射温度の依存性については、液体窒素温度は液体ヘリウム温度でγ線照射したときの力学特性が測定され、室温照射と比較されている。ガラス繊維強化エポキシ樹脂複合材料の例を 図9に示すが、77K(ケルビン温度)で照射した場合には、曲げ強度の低下が著しく減少している。また、77Kで照射した後、室温に昇温しても力学特性はほとんど変化しないことを示している。他の高分子についても試験されているが、いずれの高分子においても、低温照射の力学特性の変化は室温に比べて小さい。分解ガスの生成量は、高分子の化学構造に大きく依存している。分解ガスの種類は照射雰囲気に影響され、特に、酸素雰囲気では酸化分解ガスが多量に生成される。酸素中γ線照射したエチレン系ポリマーの酸素消費とガス発生のG値表1に、真空および酸素中で10kGyγ線照射したポリ塩化ビニルの酸素消費量とガス発生量を 表2に、および芳香族系高分子の放射線照射による分解ガスを 表3に示す。また、照射温度にも大きく依存することが報告されている。
 高分子に高エネルギーイオンを照射したときの耐放射線性について、力学特性の変化が調べられている。陽子やヘリウムイオンなどの軽イオンでは、吸収線量で比較すると、γ線や電子線と同一の照射効果を与えることが報告されている。
<図/表>
表1 酸素中γ線照射したエチレン系ポリマーの酸素消費とガス発生のG値
表1  酸素中γ線照射したエチレン系ポリマーの酸素消費とガス発生のG値
表2 真空および酸素中で10kGyγ線照射したポリ塩化ビニルの酸素消費量とガス発生量
表2  真空および酸素中で10kGyγ線照射したポリ塩化ビニルの酸素消費量とガス発生量
表3 芳香族系高分子の放射線照射による分解ガス
表3  芳香族系高分子の放射線照射による分解ガス
図1 ポリエチレンを真空中および酸素中でγ線照射したときの破断伸びの変化
図1  ポリエチレンを真空中および酸素中でγ線照射したときの破断伸びの変化
図2 架橋ポリエチレン(ケーブル絶縁材)を種々の線量率でγ線照射したときの伸び率の変化
図2  架橋ポリエチレン(ケーブル絶縁材)を種々の線量率でγ線照射したときの伸び率の変化
図3 酸化される層の厚さと照射雰囲気中の酸素分圧および線量率の関係式
図3  酸化される層の厚さと照射雰囲気中の酸素分圧および線量率の関係式
図4 ケーブル(PVCシース)を空気中高線量率および酸素加圧下低線量率でγ線照射したときの破断時の伸びと強度
図4  ケーブル(PVCシース)を空気中高線量率および酸素加圧下低線量率でγ線照射したときの破断時の伸びと強度
図5 プラスチックおよびゴムの耐放射線性
図5  プラスチックおよびゴムの耐放射線性
図6 合成高分子(繊維状試料)の耐放射線性
図6  合成高分子(繊維状試料)の耐放射線性
図7 芳香族系高分子の耐放射線性
図7  芳香族系高分子の耐放射線性
図8 ポリイミド(Kapton)フィルム(125μm)の放射線劣化に対する照射条件の依存性
図8  ポリイミド(Kapton)フィルム(125μm)の放射線劣化に対する照射条件の依存性
図9 繊維強化樹脂(ガラス繊維/エポキシ樹脂:厚さ3mm)の室温および77Kにおける耐放射の比較
図9  繊維強化樹脂(ガラス繊維/エポキシ樹脂:厚さ3mm)の室温および77Kにおける耐放射の比較

<関連タイトル>
環境に優しい有機材料の開発 (08-04-01-17)
放射線照射による有機材料の性能向上 (08-04-02-01)

<参考文献>
(1) 電気学会電気規格調査会標準規格(JEC),電気絶縁材料の耐放射線性試験方法通則、 JEC-6152(1996)
(2) 瀬口忠男:「耐放射線性高分子材料の最近の動向」、工業材料、(32)、71-80 (1985)(3) 瀬口忠男:「耐放射線性有機材料」、放射線と産業、(66)、4-8 (1995)
(4) H.Kudoh, N.Kasai, T.Seguchi: ”Low Temperature Gamma−ray Irradiation Effectsof Polymer Materials on Mechanical Properties” Radiat.Phys.Chem., (43)p.329-334 (1994)
(5) A.Singh and J.Silverman(ed.): ”Progress in Polymer Processing”,Chapter-11,Hanser Publishers, New York (1992)
(6) H.Kudoh, N.Kasai, T.Sasuga and T.Seguchi: ”Low Temperature Gamma-ray Irradiation Effects of Polymer Materials(4), Gas Analysis of GFRP and CFRP Radiat.Phys.Chem., (48)p.695-696 (1996)
(7) T.Sasuga, S.Kawanishi, M.Nishi, T.Seguchi and I.Kohno:”Effects of Ion Irradiation on the Mechanical Properties of Several Polymers”, Radiat. Phys. Chem.,(37)p.135-140 (1991)
(8) H.Kudoh, T.Sasuga and T.Seguchi:”High Energy Ion Irradiation Effects on Polymer Material 4,Heavier Ion Irradiation Effects on Mechanical Properties of PE and PTFE”, Polymer (37) p.3737-3738 (1996)
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