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<概要>
 天然ゴムラテックスの放射線加硫法として、旧日本原子力研究所(以下原研と略)高崎研究所(現日本原子力研究開発機構 高崎量子応用研究所)が開発した方法は、加硫促進剤としてN−アクリル酸ブチルを、放射線源として コバルト60ガンマ線源あるいは低エネルギー電子線加速器を利用するものである。この放射線加硫法は放射線の所要線量が比較的に低く、照射コストが低減され、これが安全性の向上にも寄与している。本法はわが国のアジア・太平洋地域近隣諸国との国際協力の中で、天然ゴムの産出国における放射線加硫法の研究開発ならびに放射線利用の促進に貢献しており、天然ゴムを素材とする医療用品の製造分野において実用例がある。
<更新年月>
2007年12月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 天然ゴムラテックスはゴムの木から採取される樹液であり、白色の粘稠な液体である。高感度顕微鏡で天然ゴムの分子を観察できるとすると、見掛けは立体(三次元)に見えたとしても、実際は大部分、一本鎖の分子である。形は外力により容易に変わる(可塑性)が弾力性はない。これに橋かけ処理をして三次元構造に変えると、弾力性をはじめ機械的な強度や耐熱・耐油性などが著しく向上して、多様なゴム製品の原料になる。人工的な橋かけ処理用に初期に使われた材料が硫黄であったため、この橋かけ処理を加硫と呼ぶようになった。天然ゴムラテックスを放射線で照射し、橋かけ処理する方法を放射線加硫という。
1.はじめに
 天然ゴムラテックスの需要は、第2次世界大戦後に起こった石油産業の著しい発展に伴う合成ゴムの進出とその急成長に伴って低迷していたが、近年における医療分野への利用の拡大、特に1980年代後半からはエイズの影響もあり、ゴム手袋やコンドーム用の需要が急増した(図1参照)。硫黄を加硫剤とする加硫法は古くから普及した技術であり、製造コストは低廉である。加硫工程では、通常、可能な限り加硫温度を下げ、加硫時間を短縮して製品の質をよくするために、加硫促進剤が添加され配合される。そのさい、製品中に発ガン性に関係するN−ニトロソアミンが含まれてくることがあった。また、加硫ゴムの焼却時には、環境規制物質であるSO2が発生し、残留灰の生成量も多い。
 放射線加硫法は硫黄を用いないで橋かけを起こす方法であるため、これらの影響を著しく低減または克服することができ、しかも透明で柔らか味を帯びた製品を製造できる。それにもかかわらず放射線加硫法が工業的に普及していない主な理由の一つにコスト高がある。原研(現日本原子力研究開発機構)は国際原子力機関(IAEA)のアジア太平洋地域協力計画(RCA計画)の一環として、アジア地域諸国と共同で研究開発を進め、密封線源である コバルト60 のガンマ線による照射法において、従来の所要線量を十分に下回る15kGyの照射量で前加硫(まえかりゅう)ラテックスを得ることができるようになり、1990年代に至って東南アジア諸国をはじめとしてその成果が実ってきた。
2.天然ゴムラテックスの放射線加硫
 放射線加硫法によって製造される天然ゴムラテックスの特長には、N−ニトロソアミンを含有しないため、細胞毒性が相対的に低いにもかかわらず、製品は透明で柔軟性が良く、しかも焼却時にSO2ガスを放出せず、灰分が少ないなどがある。
 天然ゴムラテックスの放射線加硫プロセスには、まず、天然ゴムラテックスに放射線を照射して、前加硫ラテックスを作製するプロセスと、用途に応じて製品調製(手術用ゴム手袋、コンドーム等)を行う浸漬・加工(たとえば表面加工)のさいに行う加硫プロセスとがある。放射線照射のさいに線量が増加すると、橋かけが増加しすぎて硬化するとか、力学的性質が線量の増加につれていったんは改善に向かったとしても反って劣化に転じたり(図2)、化学的不純物の増加などが起こる。なかでも1990年代になって、特にアレルギー応答性の問題がクローズアップされ、化学的不純物の生成を防ぐために、できるかぎり低線量照射で目的とする加硫効果を得る方法を探索することになった。
 放射線加硫において、加硫促進剤を使用しない場合には200〜400kGyの線量が必要となるが、1961年に四塩化炭素を加硫促進剤とする方法が提案され、所要線量は50kGyまで引き下げられた。しかし、四塩化炭素は毒性の点から工業品の製品化が難しかった。原研高崎研究所(現日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所)が開発した方法は、四塩化炭素の代わりに毒性の極めて低いN−アクリル酸ブチル(n-BA:表1)を、ゴム重量100にたいして重量5の割合(通常これは5phrもしくはphr5と記述される)で添加し、15kGy程度の放射線を照射して加硫させ、前加硫ラテックスを得る。放射線としては コバルト60密封線源からのガンマ線が用いられた。
 浸漬・加工では、前加硫ラテックスの表面に、用途別に最適組成の単量体(モノマー)を浸漬塗布し、これに放射線照射をする。原研(現日本原子力研究開発機構)がマレーシアとの共同研究で行った成果の一例によると、N−ビニル−2−ピロリドン(NVP)、N−Nジメチルアミノエチルアミド(DMAEA)、アクリル酸、N−アクリル酸ブチル(n-BA)および2−ヒドロキシエチルメタアクリル酸塩(HEMA)等とそれらの混合物を検討した中で、80%HEMAと20%n-BAモノマー混合物の放射線加硫(低エネルギー電子線により線量80kGyを照射)が実用に適した表面粘着性を示すとの結果を得た。
3.放射線照射
 コバルト60 のガンマ線は透過能が高く、天然ゴムラテックスの電子密度は比較的小さいため、天然ゴムラテックスの形状如何にかかわらず、前加硫プロセスにおいて均一な放射線照射を行うことができ、コバルト60 ガンマ線源の強度、照射位置、照射時間を適宜選定して所要の成果を得ることができた。ところがゴム手袋やコンドームのような複雑な形状になると、それらをむらなく加工するための対策として、照射コストも念頭に置きつつ低エネルギー電子線加速器を用いる照射法を開発した。電子線のエネルギーは300keV、電流は40mA程度である。天然ゴムラテックス中の電子線の透過能は約0.8mm程度であるから、ゴム表面膜の加硫には有効である。しかし、前加硫プロセスへの利用では加硫効率が低い(20%程度)。そのほかに放射線源による照射コスト低減を想定して、高放射性廃棄物ガラス固化体のガンマ線源としての有効利用技術開発が行われた。
4.天然ゴムラテックスを原料とする医療用品の安全性
 1995年の製造物責任法の施行に伴い、医療分野を含めた工業製品が人に危害を与えることがないように、生産者は製品の製造にあたり、常に細心の注意を払う必要があるが、この必要性は日々ますます重要性を増している。
 天然ゴムラテックスを原料とする医療用品について、先に挙げたN−ニトロソアミンのような第2級アミンの変異原性に対する措置として、従来法、すなわち、硫黄加硫法用の対策としては、例えば加硫剤の変更、脱タンパク処理、製造工程管理の徹底、必要に応じて発ガン性のない合成ゴムの利用などが、放射線加硫では、製品化の過程で水溶性タンパク除去処理がある。その他のゴム製品による健康被害、例えば接触皮膚炎とかラテックスアレルギーなどについては、製造、医療の関係者等による集中的な情報交流と原因の究明、それらへの幅広い対策が検討されていて、ともに成果を挙げている。
5.国際協力
 1953年、わが国は国際原子力機関(IAEA)のアジア・太平洋地域協力計画(RCA計画)に加盟した。IAEAは放射線加硫をRCA計画のプロジェクトに採用し、この地域において国連開発計画(UNDP)の資金でパイロットプラントを建設する計画が議論され、インドネシア原子力庁アイソトープ・放射線応用センター(PAIR)の施設の概念設計に原研(現日本原子力研究開発機構)高崎研究所が協力した。その後、エイズ問題、開発途上国の国家プロジェクトの拡充、原研(現日本原子力研究開発機構)高崎研究所での独自の研究成果の進捗とわが国の開発途上国援助計画の推進等の推移で、放射線加硫のアジア・太平洋地域における研究開発が進められ、1996年にはマレーシアに工業規模のパイロットプラントが完成した。さらに、インド、タイ、ベトナム諸国とは、放射線加工処理の分野での研究協力が行われた。
用語解説:phrとは、parts per hundred rubberの頭文字と取ったもので、ゴム重量100に対する加硫促進剤の重量の割合を表す。
<図/表>
表1 N−アクリル酸ブチルの性質
表1  N−アクリル酸ブチルの性質
図1 1980年代後半から1990年代にかけてのアジアにおける天然ゴムラテックスの消費動向
図1  1980年代後半から1990年代にかけてのアジアにおける天然ゴムラテックスの消費動向
図2 天然ゴムラテックスにおける放射線量と力学的性質との関係
図2  天然ゴムラテックスにおける放射線量と力学的性質との関係

<関連タイトル>
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
放射線利用の新たな展開について (10-02-02-04)

<参考文献>
(1)Machi S(Editor):Proceedings of the International Symposium on Radiation Vulcunization of Natural Rubber Latex,JAERI-M-89-228,日本原子力研究所(1990年1月)
(2)Machi S:Uses of Radiation for Development and Welfare,IAEA Scientific Forum,27 September(2005)
(3)マレーシア原子力技術研究所(MINT),IAEA(Editors):Proceedings of the 2nd International Symposium on Radiation Vulcunization of Natural Rubber Latex(1996年7月)
(4)幕内恵三ほか:低エネルギー電子加速器による天然ゴムラテックスの放射線加硫、日本ゴム協会誌、Vol.68、p.263-269(1995)
(5)在我望:硫黄加硫系薬剤について、日本ゴム協会誌、Vol.79、p.304-311(2006)
(6)幕内恵三:放射線と産業、放射線照射振興協会、No.72、p.50(1996)
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