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<概要>
 ラドン222Rn)は自然界に存在し、半減期3.82日でα線を放出して壊変する放射性同位体である。その親核種および壊変生成物である娘核種も放射性同位体であり、ウラン系列と呼ばれる壊変系列に属する。近年、水資源利用、水質汚濁の進行などの観点から、環境における水循環解析において解析精度を高める必要があり、さらに、時系列的にみて解析単位の短い方法も必要になっている。試料水中のラドンの測定法は良く知られており高感度の測定が可能である。そこで、天然の放射性同位体であるラドンおよびその壊変系列の特性を活かして、これを水循環解析に利用する試みがあり、数日から数十日間の水循環解析に応用されている。地下水の流れや帯水層内の水の移動の解明、ダムの漏れの検出などに利用されている。
<更新年月>
2010年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.はじめに
 わが国の水資源は世界的に見れば比較的豊富であるとの認識があるが、地域的にみると水利用量の増加で水資源の需給が逼迫しているところもある。また、近年では水質汚濁が進行しており、汚染物質の拡大の抑止や良質の水の供給が重要な課題になっている。従来の水循環解析では、測水調査や揚水試験法による透水性の評価と水収支の把握が主であったが、水資源には量・質を一体的にとらえた総合的管理が必要になっており、水資源管理の基礎となる水循環の詳細な定量的解析が望まれている。これまでに水循環解析に応用された放射性同位体には14C、3H、重水素、安定同位体18Oなどがある。14Cと3Hはいずれも数年あるいはそれ以上の時間的に長い事象の解析に、重水素と18Oは降水の動きを追跡する手段として利用されている。しかし、近年では解析単位のさらに短い事象についての要請が増えつつある。数日から数十日にわたる水循環の解析にふさわしい放射性核種としては天然の放射性同位体であるラドンがあり、この利用が有力な水循環解析手法の一つになると期待されている。
2.水循環解析におけるラドン
 ラドンはウラン系列に属している放射性同位体である(図1)。表1にラドンの放射化学的性質を示す。ラドンは原子番号86の希ガスで化学的に安定な元素である。ラドンには多くの放射性同位体があるが、水循環解析に利用する同位体は、226Ra(ラジウム)の娘核種である222Rn(以降単にラドンとする)と、さらにその娘核種を含む子孫の核種である。ラドンは3.82日の半減期でα線を放出して218Poに壊変し、これはさらに214Pb、214Biへと壊変する。しかし、210Pbに至るとその半減期が22.3年と比較的長いため壊変速度が減じる。このため210Pbはそれ以降の子孫の核種と同様、数日から数十日を対象とする水循環解析には利用されない。
 親核種である226Raの半減期はきわめて長いため、流れの遅い地下水中では放射平衡(本文末の注を参照)にあると考えられる。地表水中のラドン濃度は地表水中のラジウム濃度に似た値となり、その放射能濃度は10Bq/m3程度と推定されている。これに対し、図2に示されているように、岩石など地中成分のラジウム濃度は地表水のそれと比べて大きく、しかも地中成分の種類によってその値は異なる。したがって、地下水のラドン濃度も地表水のそれと比較すると高くなる。たとえば岩石中のラジウム濃度10−13g/gは、岩石中のラドン濃度としておよそ3.6kBq/tonに相当する。岩石から地下水へのラドンの移行率はケースバイケースで異なるが、少なくともこの差を水循環解析に利用することができる。河川水や地下水など地中成分と接触する水中のラドン濃度は、地中成分の種類、間隙、水の流動状況などによって変化する。水循環解析へのラドンの応用では、採取した試料水中のラドン濃度ならびにその子孫の核種の放射能濃度を利用して、地層の状況、地下水の流動状況あるいは地表水と地下水の混合などが解析される。
3.ラドンの測定法
 水循環解析に利用するための試料水の採取および水中のラドン濃度の計測法は既に開発されている。図3のようにして、密封容器に採取された水試料からシンチレーターを含むトルエンで溶媒抽出する。ついで、トルエン相を液体シンチレーションカウンターで計測する方法がもっとも一般的である。必要な試水量の目安は地下水で500ミリリットル、地表水で5リットルである。抽出されたラドンと娘核種が放射平衡になるまで待ち、ラドンの娘核種および子孫の核種が成長して放射平衡が成立すると、見かけ上の計数効率は500%となり、検出限界として約5.4×10−15ppmが得られている。このほか、試料水をそのままGe(Li)検出器によりγ線スペクトロメーターで測定する方法やラドンを気化させて測定する方法などがある。
4.ラドンの水循環解析への応用例
 水循環過程におけるラドンの挙動を図4に示す。ラドンの収支に関与するパラメーターが多く、全系では定常性がないため解析には不向きである。その代わりに、局所的な場を特定し、ラドンの収支機構をそれぞれモデル化することによって解析が行われる。そのようなモデル化の例としては、a)ラドンを供給する環境との関連から、地下水中の放射平衡濃度が地層ごとに固有の値になることを利用する方法、b)地表水のラドン濃度が地下水に比べてごく低濃度であることを利用する方法、c)地中でのラドンの供給速度の関係を利用したダムの漏水速度の解析や河川の伏流を追跡する方法、d)地下水の流動分布が地層間隙分布に応じてきわめて不均一になることを利用する方法、e)ラドンの娘核種に由来するγ線計数率から帯水層間流動を解析する方法などが挙げられる。それらのなかにはダムの漏水診断技術のように実用化されているものもある。
(注)
 放射平衡とは親核種と娘核種がともに放射性であり、親核種の半減期が娘核種の半減期に比べて長いときに成立する平衡をいう。親核種が壊変すると娘核種が生まれるが、娘核種は親核種より速く減少するため、親核種と娘核種の存在量がほぼ一定比率に維持されて減少していく状態。
<図/表>
表1 ラドンの物理化学的特性
表1  ラドンの物理化学的特性
図1 ウラン系列のうち水循環解析に利用される核種
図1  ウラン系列のうち水循環解析に利用される核種
図2 わが国での地層ラジウム226量測定例(地質調査所の金谷弘氏による)
図2  わが国での地層ラジウム226量測定例(地質調査所の金谷弘氏による)
図3 水のラドンの採取装置例
図3  水のラドンの採取装置例
図4 水循環過程におけるラドンの挙動
図4  水循環過程におけるラドンの挙動

<関連タイトル>
ウラン・トリウム鉱石に含まれる放射性核種 (04-03-02-02)
ラドン(自然環境中の放射線源) (08-01-03-12)
放射能泉と健康 (09-02-07-10)

<参考文献>
(1)小前 隆美:ラドンの水循環解析への応用、Radioisotopes、日本アイソトープ協会、Vol. 44、p715-724(1995)
(2)木村 重彦:水中のラドンの測定とその応用、Radioisotopes、日本アイソトープ協会、Vol. 27、p740-746(1978)
(3)木村 重彦:地下水ハンドブック、地下水ハンドブック編集委員会編、(株)建設産業調査会、p323-328(1979)
(4)下 道国ほか:環境ラドン、(財)電子科学研究所 大阪、p1-615(1992)
(5)堀内公子:ラドン−天然水中のラドン、日本分析センター広報、No.28、p23-30(1996)
(6)J. L. Seide et al.:Radon Monitoring for study of fractured Aquifers, Proc. 2nd Workshop Radon Monit. Radioprot. Envirom. Earth. Sci., Trieste, p454-471(1993)
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