<大項目> 放射線利用
<中項目> 放射線の理工学利用
<小項目> 理化学利用
<タイトル>
犯罪捜査における放射線利用 (08-04-01-18)

<概要>
 犯罪捜査には、放射線が法科学技術の一部として、主として分析分野で利用されている。航空機内持込み手荷物内の拳銃等を含む爆発物(特に有機物系爆薬)の検査におけるX線透過検査や中性子ラジオグラフィ、さらに犯罪に絡む塗料や薬物の中性子放射化分析や蛍光X線分析を含む極微量分析などは、原子炉による冷中性子や熱中性子、大型放射光SPring-8などによる高輝度X線を用いて、犯罪捜査の実務に常時活躍している。
<更新年月>
2007年10月   

<本文>
 犯罪捜査は、現在物証重視の証拠中心主義(証を得て人を求める)で進められている。そこでは犯罪を科学的に証明する必要があり、広範な分野の科学的知識・技術に立脚した法科学(forensic science)(*1)が駆使されている。犯罪は人の日常生活上で起こっていることから、身の回りにあるものすべてが物証の対象となる。従って、その証明法は非常に多種多様であるが、何れも分析科学の常道に沿った機器分析を中心としたものである。
 物証の多くは極微量であったり、再度入手が困難であったりするが、その背景に人権が深く関わっているという特殊性がある。犯罪現場に残された血こん等からDNAの型鑑定をして個人を同定したり、押収した薬物や毒物の成分分析や塗膜片からのひき逃げ車両の特定などが行われている。
 薬物犯罪捜査では、押収した薬物や生体試料などの鑑定から、犯罪を科学的に証明する。
 麻薬取締官事務所では、鑑定の公平で中立的な立場を維持し、迅速で精度の高い鑑定を行うために、鑑定官が最新機器を駆使して薬物の判定を実施し、かつ、乱用歴を判定する毛髪分析や、押収薬物の密造地域や密造方法の判定に役立つプロファイリング・アナリシスなどの専門的な分野での研究を国際機関や大学などと共同で進めている。このような求めに対して応えられる分析には、微量の未知物質を高感度に分析する技術が必要である。また、非破壊検査であることも必要であり、X線透過検査、放射化分析などが重要視されている。これらの検査・分析法と応用例について紹介する。
1.透過検査および分析方法
1.1 透過検査
 犯罪捜査の第一段階では、内容物の検査がありX線透視法、中性子ラジオグラフィ法が採用される。空港における手荷物検査では、比較的弱いエネルギーのX線(幅1cm/出力1mR未満で写真フィルムを感光させない)を利用する。最近の傾向として、危険物(爆発物)をより厳密に調べるために、疑わしい物体が検知されたときには、より強力なX線ビーム(幅1cm/出力100-300mR)でスキャンする装置も導入された。この集中的な高エネルギーX線ビームは、未現像の写真フィルムにカブリを引き起こすほどである。
 最近開発されたCCDセンサーで直接X線画像を読み取りデジタル画像化することにより、従来の現像・定着操作が不要で瞬時に画像が見られ、現場での作業時間が大幅に短縮された。
 中性子ラジオグラフィは、X線やγ線の代りに252Cfのようなラジオアイソトープ(RI)、さらに原子炉や加速器からの中性子線を利用した透過試験法であり、金属に囲まれた水素、酸素、炭素等の軽元素を多く含む油、火薬等の検査を容易にすることができる。
1.2 微量医薬品等の組成分析
 ガスクロマトグラフの中では、主として放射性同位元素63Niからのβ線が利用されており、対象物質をイオン化することにより、高感度で組成分析をすることができる。
1.3 微量元素分析
 極微量の物質あるいは不純物の分析には、蛍光X線分析、放射化分析が数多く利用されている。前者ではエネルギーの比較的高いX線を金属元素に当てると元素固有の特性X線が発生することを利用し、そのスペクトルを測定して、ほとんどの金属を同定することができる。この放射線源としては、高輝度の放射光や走査型X線顕微鏡が利用される。後者の放射化分析は、多元素同時分析が可能な分析法であり、熱中性子を照射したのち若干の冷却期間をおいて試料から放出されるγ線のスペクトルを測定する。物質の構成元素や物質中に取り込まれた極微量の不純物元素などを調べることもできるが、フッ素以上の重い元素(原子量19以上)が対象である。そこで、通常の放射化分析では困難な軽元素成分や硫黄やリンのように放射化してもγ線を放出しない元素の分析には、半減期の極めて短い核種からのγ線スペクトルを測定する中性子捕獲即発γ線分析法が利用されている。これらの場合の中性子源は、主として原子炉からの熱中性子および冷中性子ビームを用いる。
 なお、放射化分析技術は1936年に米国で試みられたのが最初とされ、原子核反応の利用という原理の斬新さ、他に類を見ない高感度の点から画期的な分析法として注目された。その後、強力熱中性子源としての原子炉の普及、照射技術の開発・拡充、原子核反応生成物からの放射線を検出するGe(Li)半導体検出器の発明等があり、高エネルギー分解能γ線波高分析器の進展とともに、放射化分析技術は著しい進歩を遂げ現在に至った。
 ここで法科学における犯罪関連の対象物件と放射化分析で検出できる元素を表1に示す。
 最近、放射線の検出感度が大きく向上し一般的な放射化分析でもμg(10−6g)からpg(10−12g)単位の超微量元素を定量できる。図1に、種々の定量分析法の有用な濃度範囲を示す。放射化分析法は、10−6%以下まで測定範囲があり、1mgの試料があれば十分であることが分かる。それでも自然界に存在する約100元素のうちほぼ60元素近くがこの方法で測定できるに過ぎない。そこでこれをカバーするためには中性子捕獲即発γ線分析法が利用され、軽元素の分析に威力を発揮している。例えば、爆薬はC、H、O、N、といった原子番号の小さい軽元素だけから構成されている(表2)。そこで、原子炉、加速器あるいはRIを用いて発生させた冷中性子、熱中性子、あるいは速中性子を対象とする分析試料に照射し、即時に出てきた半減期の極めて短い即発γ線のスペクトルを測定することにより上述の軽元素成分比を求めて、爆薬の識別を行うことができる。また、手荷物などに隠された爆薬や薬物を探知する方法に、発生する微量の蒸気を検出する蒸気探知と、表面に付着したり大気中に浮遊する微粒子を探知する2つの考え方がある。爆薬の空気中濃度はppmレベルからpptレベルと非常に蒸気圧の少ないものまで様々であり、また、薬物の空気中濃度もppbからpptレベルであるが探知できる携帯型の分析器も開発されるようになった。さらに、爆薬以外に軽元素で構成されているプラスチック類、繊維類も識別できる(表3)。
2.透過検査および分析法による実例
2.1 透過検査
 X線透過検査の日常利用例では、空港の手荷物検査で銃刀剣類の持込み阻止を目的とし、犯罪を未然に防いでいる。しかし、爆薬や覚せい剤などの軽元素物質に対しては、X線透過法は効果が少ない。この場合には、中性子ラジオグラフィ(NRG)が有効であり、X線撮影では検出できない爆薬がNRGでは、明確に示されている(図2)。
 法医学分野でのX線検査の利用では、遺体の口腔内所見を生前通院していた歯科医院にあるカルテ、X線フィルム、歯型などと比較照合する場合が多い。中でもX線フィルムは重要で、骨に埋まった歯根の形態や治療痕まで直接比較照合できる。また、白骨や焼死体など身元不明死体が出た場合、あるいは航空機事故や大地震などの大規模災害が発生した場合、解剖室や現場において遺体の口腔内のレントゲン撮影が行われる。
2.2 蛍光X線分析
 和歌山県で1998年7月に起ったカレー中毒事件の主因であるヒ素の蛍光X線分析が有名である。この微量分析は、兵庫県播磨科学公園都市の大型放射光施設「SPring-8」と、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構、物質構造科学研究所の放射光施設を利用し、紙コップの内側に付着していた亜ヒ酸を、紙コップごと装着して強いX線を当て、出てきた蛍光X線の波長分析から主役のヒ素(As)や不純物のアンチモン(Sb)、亜鉛(Zn)、ビスマス(Bi)等の元素の種類や濃度を求め、その結果が裁判に物証として提出された(図3)。
 次に、走査型X線顕微鏡の蛍光X線元素マッピング機能や画像処理機能を利用した犯罪捜査例を示す(図4)。
(1)犯罪に使われたドリルであることを証明するために、付着物の分析が行われた。ドリル自身の構成元素の鉄を緑色、クロムを青色に表示しドリルの形状を画像合成して示す。エッジの回転方向に沿って赤色で示す鉛が連続付着している事がわかった(図4A)。
(2)犯人が白色塗装した建物に侵入したかどうかの捜査で、犯人が所持していた手袋の分析結果を見ると、手袋の繊維上(緑色)に赤色で示すチタンと、青色で示すカルシウム元素が付着している(図4B)ことがわかった。これらの元素は建物の白色塗料に使用されていた顔料成分と一致し、少なくとも手袋が建物に触ったことが立証できた。
(3)事件に関係した布製粘着テープの出所の判定で、事件に関係した布粘着テープ(図4C−a)と、別の布粘着テープ3点(図4C−b、c、d)との元素マッピング結果を比較した。テープに含まれるカルシウム、鉄および亜鉛をそれぞれに赤、緑、青色で表すと、a、bが同種であることが分かり、c、dを排除出来た。
(4)法規制薬物の一つである大麻樹脂4種について、それぞれの出所に関する情報を得るために大麻樹脂に含まれる徴量金属元素の内、カルシウム、カリウムおよび鉄の元素マッピングを行った(図4D)。これらの結果から大麻の出所は、(a、c)と(b、d)との2つのグループに絞ることができた。
2.3 放射化分析
 高校生ら若年層にもまん延しているといわれる覚せい剤は、犯罪とおおいに関係がある。その一種であるメタンフェタミンは、合成過程で各種の副産物が生じたり、不純物が混入したりしている。従ってメタンフェタミン中の各種不純物の混入比率が合成装置、合成場所でまちまちになることから、微量の不純物分析結果から合成方法を分類し、流通経路や入手源を同定することができる。表4にメタンフェタミン中の微量金属不純物の放射化分析結果を示す。試料は、A群(1,3,7,8)、B群(2,4,5)、C群(6,9,10)およびD群(残り)の4種に分けることができる。
 ヒロポン(覚せい剤)で有名なフェニルメチルアミノプロパンについても、その常用者の検出手段として被験者の尿を検体とし、トリチウム(RI)で標識したフェニルメチルアミノプロパンを加えて、抗原抗体反応(*2)から判定する方法(ラジオイムノアッセイ:RIA)が採られている。
 シドニーオリンピック(2000年)のドーピング検査で最も注目された筋肉増強剤の一種エリスロポエチン(EPO)の尿検査では、EPOをRIで標識することにより短時間で判断できるようになった。
[用語解説]
(*1)法科学:裁判の法廷証拠を科学的に確立するために利用される学問分野。
(*2)RIを用いた抗原抗体反応:RIで標識された物質(抗原)とそれと特異的に反応する物質(抗体)を反応させると複合体が形成されることをいう。次にそこに無標識の抗原を添加すると複合体から標識抗原が分離する。分離した標識抗原の放射能を計測して抗原量を求めることをラジオイムノアッセイという。
(前回更新:2001年3月)
<図/表>
表1 法科学における対象物件と放射化分析で検出できる元素
表2 爆薬の元素組成(重量%)
表3 軽元素を多く含む物質の元素組成(重量%)
表4 メタンフェタミン(覚醒剤の主成分)中の微量不純物の濃度
図1 種々の定量分析法の有用な濃度範囲
図2 中性子ラジオグラフィ像およびX線透過像
図3 産出地別による亜ヒ酸の蛍光X線スペクトル
図4 蛍光X線元素マッピング

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<関連タイトル>
蛍光X線分析の原理と応用 (08-04-01-26)
爆薬・薬物探知への放射線利用 (08-04-01-29)
放射線源を用いたテロ行為への対策に関する国際的な活動について (08-04-01-44)
工業用ラジオグラフィ(放射線透過試験) (08-04-02-03)

<参考文献>
(1)鈴木康弘:放射化分析の警察科学への応用、Radioisotopes 43(7)、p.437-440(1994)
(2)新型X線検査装置について:コダック What’s Hot、http://www.kodak.co.jp/PMI/05-03-01.htm
(3)南幸男:犯罪を証明する分析科学技術、むきざい NOW 174号(1999年3月)
(4)茂木宏子:ドーピングをめぐる仁義なき戦い〔前編〕MSNジャーナル(2000.9.3)
(5)二宮利雄:SPring-8の科学捜査への応用、第27回原子力委員会資料、http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2004/siryo27/siryo32.pdf
(6)岸徹:薬物・爆薬探知のためのRI・放射線の利用、放射線と産業、No.96(2002) 、p.17
(7)大塚徳勝、西谷源展:Q&A放射線物理 改訂新版、共立出版(2007.5)
(8)岸徹:Radioisotopes、Vol.35、p.450(1986)
(9)鈴木康弘ほか:Radioisotopes Vol.44、p.681(1995)
(10)岸徹:衛生化学、32、p.335(1986)
(11)浜口博(編):超微量成分分析1、トレースアナリシスに用いられる方法、産業図書(1970)、p.29
(12)(財)高輝度光科学研究センター・Spring-8・放射光入門:蛍光X線分析、研究成果、分析科学1、図2、http://prwww.spring8.or.jp/intro_sr/flash/
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