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<概要>
 放射線殺(滅)菌は、工業用加速器で発生させた加速電子線束(以下「電子線」という)を照射し照射試料中の微生物を殺菌する産業利用の一分野である。これには、低エネルギー電子線による表面殺菌、中エネルギー電子線による粉状または粒状製品の殺菌、高エネルギー電子線による梱包製品の殺菌がある。使用する電子線のエネルギーは10MeV以下で、被照射物の放射化の心配がなく、主に食品処理や医療用具の滅菌等にも利用できる。電子線は、ガンマ線に比べ線量率が高いため、照射における必要殺菌線量が若干増加する傾向にあるが、製品成分の酸化劣化が低減でき、しかも大量処理に適している。
<更新年月>
2003年12月   

<本文>
1.電子線殺菌の原理と特徴
 自然の放射線レベルに比べて、数億倍という強力な放射線を短時間に照射された微生物は、細胞の増殖が著しく阻害され、線量がさらに増加すると殺滅に至る確率はますます高まる。放射線に対する感受性は、微生物の種によって異なっているため、放射線照射処理の殺滅効果は、バチルス・プミリスE601株のような指標菌のそれと比較して評価する。電子線と電磁波(ガンマ線あるいはエックス線)の照射を比べると明らかな相違がある。電子線は電磁波に比べて物質中での単位深さあたりのエネルギー損失が大きく、比較的短時間で、しかも高密度、高線量の照射が可能である。これにたいしてガンマ線は透過性が優れているため、比較的大型で大量の被照射物の処理に適している。
 放射線の照射によって細菌数を減ずるのが放射線殺菌であり、初期に存在した細菌数を100万分の1以下に完全殺菌するのが放射線滅菌である。放射線殺(滅)菌法は、処理後の残留毒性がないため、従来法の欠点を克服できる。その対象は、たとえば、エチレンオキサイドのような化学薬品や熱処理(高圧蒸気による)では劣化の恐れがある食品類の殺菌、あるいは医療用具の滅菌である。また、従来は不可能であった包装・梱包下での殺(滅)菌も可能である。電子線による放射線殺(滅)菌法は、ガンマ線によるそれと比べて、作業効率の向上(被照射物によるが)、材料劣化の低減、装置設置の容易さ、災害時の安全性の向上など多くの利点がある。
 電子線は、ガンマ線やX線と同じイオン化放射線に属している。産業用に用いられる電子線のエネルギーは10MeV以下であり、このエネルギーでは放射化の心配はない。電子線は、産業用に用いられるガンマ線(X線)に比べ、透過力が小さい。ことに、低エネルギー電子線のエネルギーは1.0MeV以下のため透過力は数mm〜0.01cmにすぎない。一方、1MeV〜10MeVの中・高エネルギー電子線は1〜20cmの透過力があり、食品の殺菌、医療用具の滅菌、包装材の殺菌、飼料の殺菌、下水汚泥の殺菌、水の殺菌に利用可能である。電子線照射は、殺菌処理以外にも、輸入穀物や生鮮果実等の殺虫処理に使用可能である。
2.電子線による殺菌効果
 電子線はガンマ線と比べ線量率が高いため、図1に示すようにガンマ線に比べ殺菌線量は若干高くなる。図1に用いた微生物はアスペルギルス属のカビであり、食品の腐敗菌に属する。この菌に対する殺菌線量は、乾操下で照射した場合には約3kGy必要であるが、水分がある状態では1.5〜2.0kGyである。
 電子線のエネルギーは、殺菌効果に影響せず、一例として示すバチルス・プミルス芽胞(胞子)では、図2の放射線照射効果に示すように0.5MeVでも3MeVでも同じ感受性を示す。また、製品内部(プラスチック板)における殺菌効果は図3に示すように、吸収線量と相関性があり、内部散乱により低エネルギーになった二次電子線の影響は認められない。
 電子線の殺菌効果は、ガンマ線と同様に、フリーラジカルがDNA鎖を損傷し、その細胞分裂能を阻害することによるものであり、基本的には、紫外線殺菌の原理と同じである。しかし、紫外線は透過力が極めて弱いため物質の表面しか殺菌できないのに対し、電子線は、エネルギーの大きさを変えることにより、その透過力を選定することができ、表層部の殺菌から梱包製品の殺菌まで、広範囲の応用が可能である。電子線の場合、ガンマ線と比べ線量率が高いため、必要殺菌線量が若干多くなる。その理由は、ガンマ線に比べ1千分の1から1万分の1の短時間で一定線量の照射が終了するためであり、このため細胞外の酸素が十分に細胞内に拡散せず、過酸化ラジカルの生成量が少ないこととして説明できる。同様理由で、電子線照射では、長時間の照射を必要とするガンマ線照射と比べ、成分の酸化劣化が低減する傾向が認められる。
 ガンマ線照射や紫外線照射と比べた電子線照射の利点は、利用可能なエネルギー範囲が大きく、かつ、エネルギー値を自由に選定できることと、透過性の優れたビームが得られることである。そのために表層部の殺菌から梱包品の殺菌までという広い応用範囲に適用できる。
3.電子線の殺菌への応用
 放射線殺菌が、加熟や薬剤処理など他の処理法より優れた点は、その透過力が強く、品質劣化が少なく、しかも毒性物質の残留がないことにある。このような特長を生かした産業への応用方法として次のようなものがある。
 エネルギーが1.0MeV以下の低エネルギー電子線は、製品表層部の殺菌に適している。通常表面殺菌に使用する紫外線より透過力が適度に優れているため、温州ミカン表皮のカビ(黴)の電子線照射殺菌により、照射しない場合に比較して、貯蔵期間を2倍以上に延長することが可能である。また、0.03〜0.1MeVの極低エネルギー電子線は穀類表面の殺菌に適している。
 中エネルギー電子線は1〜5MeVであり、無包装の粒状または粉状、層状製品の大量処理に適している。例えば、小麦粉の菌数低減を目的とした殺菌処理(必要線量は1〜2kGy)、家畜飼料原料である魚粉のサルモネラ菌殺菌(5kGy)、下水汚泥の殺菌(3〜5kGy)、下水処理放流水の殺虫・殺菌(1kGy)も有望と考えられている。また、殺菌処理ではないが同様利用例として、輸入穀類の殺虫処理がある。従来、殺虫処理法では臭化メチルを使用しているが、西暦2005年には臭化メチルによる殺虫処理が先進国で全面的に使用禁止されることになっており、その代替処理法として中エネルギー電子線による穀類の殺虫処理が有望である(図4)。一方、米国では熱帯果実のミバエ類の殺虫処理に放射線法が導入されつつあり、ハワイでは5MeVの電子線をX線に変換して梱包状態の熱帯果実を殺虫し、米国本土に出荷している。
 高エネルギーの電子線は5〜10MeVであり、冷凍食品の食中毒菌殺菌(3〜5kGy)、生鮮肉の食中毒菌殺菌(1〜3kGy)、香辛料や生薬の殺菌(5〜10kGy)、医療用具の滅菌(完全殺菌、25kGy)、包装材の殺菌(15kGy)等の広範囲の応用が可能である。例えば香辛料の場合、電子線による殺菌線量は図5に示すようにガンマ線に比べ若干多くなる。香辛科の主要汚染菌は耐熱性の有芽胞細菌であるが5〜10kGyで殺菌でき、表1に示すように50kGy照射しても香り成分である精油の組成は変化せず、また、酸化を防止する成分も変化しない。米国では牛ひき肉中の病原大腸菌O-157やサルモネラを殺菌処理する目的で電子線殺菌が大規模に実用化され、年間20万トン以上照射されており、7000以上のスーパーマーケットで販売されている。また、フランスや米国では鶏肉のサルモネラの殺菌処理が電子線で実用化されている。わが国では医療用具の滅菌に高エネルギー電子線が利用されており、数社で10MeVの加速器が稼働している。
<図/表>
表1 黒コショウを50kGy照射した場合の精油成分の組成変化
表1  黒コショウを50kGy照射した場合の精油成分の組成変化
図1 アスペルギルス・フラバス乾燥胞子の電子線及びガンマ線感受性
図1  アスペルギルス・フラバス乾燥胞子の電子線及びガンマ線感受性
図2 異なった電子線エネルギーでのバチルス・プミルス乾燥胞子の感受性
図2  異なった電子線エネルギーでのバチルス・プミルス乾燥胞子の感受性
図3 製品内部でのバチルス・プミルスの電子線殺菌効果と深部線量分布との関係
図3  製品内部でのバチルス・プミルスの電子線殺菌効果と深部線量分布との関係
図4 電子線による穀類殺虫施設(旧ソ連:ウクライナ)
図4  電子線による穀類殺虫施設(旧ソ連:ウクライナ)
図5 香辛料の一種、ターメリックのガンマ線及び電子線殺菌効果
図5  香辛料の一種、ターメリックのガンマ線及び電子線殺菌効果

<関連タイトル>
放射線による医療器具の滅菌 (08-02-03-01)
動物用飼料の放射線処理 (08-03-02-03)
バイオドジメトリ(生物学的線量測定) (08-04-01-09)

<参考文献>
(1)伊藤 均:電子線の殺菌・滅菌効果、医科機械学、60,p.469(1990年)
(2)H.Ito and M. S.Islam:Effect of Dose Rate on Inactivation of Microorganisms in Spices by Electron-Beams and Gamma-Rays Irradiation, Radiat. Phys. Chem.,43(6), p.545-550(1994年)
(3)伊藤 均:放射線殺菌と食品の安全性、食品と容器、30(12)、別冊、缶詰技術研究会、p134-142(1993年)
(4)伊藤 均:食品照射の基礎と安全性、JAERI-Review 2001-029(2001)
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