<大項目> 放射線利用
<中項目> 放射線の農林水産業利用
<小項目> 食品の保存等
<タイトル>
照射食品の安全性と利用の動向 (08-03-02-07)

<概要>
 照射食品が人間の健康に及ぼす影響については、安全性よりも広い概念の健全性が検討されている。健全性とは、毒性学的安全性、微生物学的安全性、栄養学的適格性の3項目を総合した概念である。国際保健機関(WHO)等の国際機関合同の照射食品の健全性に関する専門家委員会は、1980年に、10kGy未満を照射した食品の健全性に問題がないという結論を出し、1997年に、10kGyを超える照射を行った食品についても健全性に問題はないという結論を出した。
 特に国際的な議論を引き起こしている問題として、照射小麦による染色体異常誘発の可能性と照射肉に生成する2-アルキルシクロブタノンの毒性がある。これらの問題については、各国で試験が行われ、そのような懸念のないことが明らかにされている。
<更新年月>
2013年02月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
1.照射食品の健全性
 人類は長年、放射線により照射された食品についての食経験がなかった。このため照射食品の利用が人間の健康に及ぼす影響について、安全性、さらに広い概念の健全性が検討されている。健全性とは、毒性学的安全性、微生物学的安全性、栄養学的適格性の3項目を総合した概念である。照射食品の急性毒性、慢性毒性、発ガン性、遺伝毒性、細胞毒性、催奇形性、変異原性などの毒性について検討するとともに、食品を汚染している微生物が突然変異を起こして毒性を増すことがないか、栄養素の破壊が起こらないか、アレルゲンにならないか等についても調べる必要がある。
2.国際的な健全性評価の歴史
 照射食品の健全性試験は、1950年代にアメリカとイギリスで開始され、その後、各国で実施された。世界保健機構(WHO)は1960年代から他の国連機関(国連食糧農業機関(FAO)、国際原子力機関(IAEA))と協力して照射食品の安全性評価に取り組んできた。
 国際的な健全性評価等に関する議論の流れは以下の通りである。
・1961年:FAO/IAEA/WHOは照射食品の健全性に関する合同会合を開催、照射食品の栄養学的適合性と食品としての安全性について検討を開始。
・1964年:FAO/IAEA/WHOは照射食品の法規制の技術的基礎に関する合同専門家委員会において、照射生成物は食品添加物とみなすことを決定。
・1969年:FAO/IAEA/WHOは小麦、ジャガイモ、タマネギに関する照射食品の健全性に関する第1回合同専門家委員会を開催。
・1970年:食品照射国際プロジェクト(IFIP)を発足。IFIPは、各国における動物試験の経費の節減に役立たせるために、10kグレイ(Gy)未満の線量を照射した食品を対象とした世界中で行われている種々の動物試験に対して、統一性を持たせるとともに、動物試験に関する情報交換の場を設けた。また、IFIPは、照射食品の安全性に関する独自の委託試験も行った。その結果、照射食品が有害であるという証拠は何も観察することができなかった。このプロジェクトは、10kGy未満の線量を照射した食品の健全性を明らかにして、1981年に終了した。IFIPと並行して、各国で、独自に、照射食品の健全性を検討するためのプロジェクトが実施され、多くの試験研究が行われた。
・1976年:照射食品の健全性に関する第2回合同専門家委員会を開催。「食品の放射線処理は物理的な処理法であり、食品添加物としての取り扱いは妥当でないこと」を結論。
・1980年:照射食品の健全性に関する第3回合同専門家委員会を開催。「食品に総平均線量を10kGyまで照射しても、毒性学的な問題点は認められないこと、また、栄養学的及び微生物学的な問題は生じないこと」を結論(WHO報告書、1981年)。
・1983年:FAO/WHO国際食品規格委員会(Codex委員会)は、食品に10kGy未満の線量の放射線を適切に照射して国際間で流通させるための基本的な規格として、「照射食品に関する国際一般規格」及び「食品処理のための照射施設の運転に関する国際基準」を採択。
 「照射食品に関する国際一般規格」では、食品照射に利用できる線源の種類と吸収線量の上限、施設管理や衛生管理の基本的考え方、再照射の原則禁止、表示などについて規定している。「食品処理のための照射施設の運転に関する国際基準」では、一般規格よりも具体的に、照射前の食品の取り扱い方、施設の設計・管理のあり方、線量の計測、記録の作成、HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)の採用、表示などについて定めている。
 なお、国際機関、各国政府における照射食品の健全性に対する評価にもかかわらず、各国で照射食品に対する不安や反対運動があったので、WHOは1994年に照射食品の健全性について再評価し、問題のないことを再確認した。この結果については、WHOから”Safety and Nutritional Adequacy of Irradiated Food”という本の形で公式の見解として公表され、その日本語訳版が「照射食品の安全性と栄養適性」(コープ出版)として出版された。
・1997年:FAO/IAEA/WHOは高線量照射に関する合同研究部会を開催。「10kGyを超える高線量であっても安全である。」との報告(WHO報告書、1999年)。この結果に基づいて、
・2003年:FAO/IAEA/WHOは高線量照射に関する合同研究部会を開催。10kGy以上の放射線を照射した食品に関する関連データを再検討。その結果、「意図した技術上の目的を達成するために適切な線量を照射した食品は、適切な栄養を有し、安全に摂取できる」ことを結論。原則としては照射食品の平均線量の上限は10kGyとするが、香辛料や宇宙食の滅菌のように技術的な必要性のある場合には10kGyを超える照射も認めることになった。
3.わが国における健全性評価
 わが国においては、1967年から1981年の期間、食品照射特定総合研究(食品照射ナショナルプロジェクト)が実施され、馬鈴薯(発芽抑制)、タマネギ(発芽抑制)、米(殺虫)、小麦(殺虫)、ウインナーソーセージ(殺菌)、水産練り製品(殺菌)、ミカン(表面殺菌)を対象とした試験研究が行われた。この試験研究において、これら7品目の照射食品の健全性は問題のないことが明らかにされた(表1)。この結果に基づいて、1972年に馬鈴薯のガンマ線照射が許可され、1974年1月から北海道の士幌町農業協同組合で馬鈴薯の照射が実施されている。
 さらに、国際的に疑問が投げかけられている問題について再検討するとともに、新しい評価手法で照射食品の健全性を評価することが必要であるとの認識から、1986年から1991年までの6年間、日本アイソトープ協会に「食品照射研究委員会」を設けて、誘導放射能、食品成分の変化、変異原性、微生物学的安全性、アレルゲンの可能性について、最新の手法を用いて再試験を行った。その結果においても、照射食品の健全性に問題のないことが確認された。
4.国際的に問題となった照射小麦の安全性
 照射食品の安全性について国際的に大きな問題となった事項として、0.75kGyを照射した小麦を摂取するとポリプロイドが増加するというインド内の報告がある。このことは世界中に大きなインパクトを与え、いくつかの研究所で追試が行われた。しかし、インド保健省は問題を解決するため1987年に専門家委員会を設置し、インド国立栄養研究所とBhabha原子力研究センターで詳細に検討したが、0.75kGy照射して2週間貯蔵した小麦をラットに5週間与えても、ポリプロイドの発生や増加は認められなかった。同様の試験がイギリスのLife Scince Research及びHuntingdon Research Centreで実施されたが、照射小麦の摂取が原因となるポリプロイドの増加は観察されなかった。日本では、食品薬品安全センターでチャイニーズハムスターやラットを用いた試験が行われ、この試験においても、照射した小麦によるポリプロイドの誘発や抹消赤血球中の小核の誘発は認められなかった(表2表3)。
 中国において、ボランティアの学生ら78人に35種の照射食品を90日間食べさせてその影響が調べられた。米、小麦、大豆、小豆、ピーナッツ、肉製品、馬鈴薯、野菜、きのこ、果実などを0.1-0.8kGy照射した後に調理し、学生達に供試した。全食品に占める照射食品の割合は60.3%であった。血液検査、尿検査、血液生化学検査、肝機能検査、腎機能検査、内分泌検査、免疫検査、突然変異指標検査等が行われ、その結果、照射食品を食べることによる上記の検査項目への悪影響は何も観察されなかった。この試験において、照射食品摂取に伴う染色体のポリプロイドの増加は認められなかった。
 一般に、栄養状態が悪いと、染色体異常が起こりやすい。例えば、メキシコの子供を対象にした調査では、染色体異常の出現率は、栄養状態の良い子供では5%以下であり、栄養状態の悪い子供では10%以上であった。もちろんこれらの子供は照射食品を食べてはいない。このような結果と比較して、インド国立栄養研究所における試験での対照群の染色体異常の出現率が0%というのは非常識に低いと指摘する学者もいる。
5.2-アルキルシクロブタンの安全性
 最近、国際的に問題となっているのが2-アルキルシクロブタンである。照射された脂質から生成するアルキルシクロブタノンがDNAを傷つけることがドイツでの研究で明らかになり、照射した鶏肉や畜肉の安全性に疑問が投げかけられている。これはDNAコメットアッセイという方法でDNAの損傷を観察することにより明らかになったものであるが、一般に化学物質の変異原性を調べるために用いられるエームス試験表4)や復帰突然変異原性試験では、このようなアルキルシクロブタノンの毒性は観察されない。
 ラットを用いた試験により、非常に高濃度の2-アルキルシクロブタンは、それ自身が発ガン物質として働くことはないが、アゾキシメタンのような化学物質による大腸ガンの発生を促進するプロモーター活性を有する可能性のあることが示唆されている(図1)。しかし、ラットにおける投与実験で用いた2-アルキルシクロブタンの1日あたりの用量は、1匹当たり1.6mg、すなわち3.2mg/kg体重であり、ヒトが照射食品から摂取する最大量と想定される1日あたり5-10μg/kg体重に比べて極めて大きいことを十分に考慮する必要がある。また、アメリカのラルテック社が行った100トン以上の59kGyを照射した鶏肉をマウスや犬に投与した長期動物飼育試験においても、毒性は認められていない。これらの結果を総合的に考慮して、WHO等の機関は、アルキルシクロブタノンの毒性が実際に問題になることはないと判断している。
6.照射食品の経済規模
 食品照射は、食品の衛生化、保存、品質向上を目的とする処理技術であり、食品の発芽防止、殺虫、熟度調整、改質、殺菌・滅菌などにも用いられている。現在、世界の食品照射許可国は60ヵ国以上に上り、230以上の品目が許可されている。日本では馬鈴薯の発芽防止だけが許可されており、実用照射は北海道士幌農協のみで実施されている。2005年の日本における食品照射の年間処理量は8,096トン、出荷額109.5円/kgから求められた経済規模は8.9憶円である。日本の処理量8,096トンは世界第7位であるが、米国の処理量は92,000トン、日本の10倍強であるが、経済規模では8,500億円あり1000倍近い値となる(表5参照)。今後、日本でも付加価値の高い香辛料の殺菌が許可されれば、食品照射の経済規模は格段に拡大することになる。
<図/表>
表1 食品照射特定総合研究結果の概要
表2 照射コムギ粉の経口投与によるラット末梢血中の小核誘発
表3 照射コムギ粉の経口投与によるラット骨髄細胞でのポリプロイド誘発
表4 2-アルキルシクロブタノンのエームス試験の結果
表5 世界における食品照射、処理量と経済規模
図1 アゾキシメタンによるラット結腸腫瘍の発生数に対するシクロブタノン摂取の影響

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<関連タイトル>
食品に対する放射線照射(食品照射) (08-03-02-01)
海外における食品照射の現状 (08-03-02-05)
電子スピン共鳴法による照射食品の評価 (08-03-02-08)
電子線による殺菌の原理と応用研究の現状 (08-04-01-08)

<参考文献>
(1)世界保健機関、国連食糧農業機関(林徹訳):食品照射、光琳(1989年)
(2)世界保健機関:照射食品の安全性と栄養適性、コープ出版(1996年)
(3)日本アイソトープ協会:放射線滅菌の現状と展望、日本アイソトープ協会、(1998年)p.60-70
(4)日本アイソトープ協会:食品照射研究委員会研究成果最終報告書(1992年)
(5)田中憲穂:日本における照射食品の遺伝的安全性試験、食品照射、39、13-27(2004)
(6)楊家寛:36種照射食品の人体食用安全性評価研究、食品照射、25、39-52(1990)
(7)等々力節子:照射食品中における2-アルキルシクロブタノンの生成とその毒性評価について、食品照射、38、57-71(2003)
(8)J.S.Smith,S.Pillai:Irradiation and Food Safety,Food Technology,58(11),48-55(2004)
(9)European Commission Scientific Committee on Food:Statement of the Scientific Committee on Food on a Report on 2-alkylcyclobutanones,European Commission(2002)
(10)International Council on Food Irradiation(ICFI)のホームページ:
http://www.icfi.org/pdf/codex-generalsdt-e.pdf
(11)厚生労働省:食品への放射線照射についての科学的知見のとりまとめ業務報告書、(株)三菱総合研究所、平成20年3月
(12)久米民和:最新調査による放射線利用の経済規模 II農業利用分野、放射線と産業、No.121(2009)
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