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<概要>
 遺伝資源の中に育種目標に適合する素材がない場合に人為的に突然変異を誘発して遺伝的変異を拡大し、品種改良に利用する方法が突然変異育種法である。また、既存品種の1、2の特性のみを改良する方法もよく用いられる。突然変異原には、γ線やイオンビームなどの放射線照射、化学変異原処理、および組織培養法などが利用されているが、その長短所を理解しながら行う必要がある。放射線育種場は、1960年に放射線を作物育種に利用する目的で設立され、世界最大規模のガンマーフィールド等があり、産学官の共同研究を推進し、これまでに、24作物、96の直接利用品種が育成された。その中には、黒斑病抵抗性ナシ「ゴールド二十世紀」、「寿新水」、「おさゴールド」、斑点落葉病抵抗性リンゴ「放育印度」、キク10品種、消化しやすい蛋白質含量を低くした腎臓病患者向けの低蛋白米品種、「エルジーシー1」、「エルジーシー活」、「エルジーシー潤」が含まれる。
<更新年月>
2007年07月   

<本文>
 育種事業では、育種目標に合った育種素材を確保することが重要である。しかし、遺伝資源の中に適当な材料がない場合に突然変異を利用した遺伝的変異拡大が必要となる。
 元来、遺伝資源と人為突然変異体は本質的に同一のものである。遺伝資源の変異の多様性は長期にわたる微量の放射線や紫外線等の変異誘発源の作用や単なる複製ミスによって作出された自然突然変異に由来し、これが交雑と自然選択を繰り返し、種々の環境に適応進化したものである。一方、人為突然変異体は、突然変異原を用いてこの変異速度を加速化したものであり、突然変異育種はこの選抜を人間が行おうとする試みである。
 鵜飼(2003)は、突然変異育種法の利点として、1)目的形質が既存品種にない場合に優良品種を材料にして人為的に突然変異を誘発し、それを直接に新品種する(直接利用)、あるいは交配親として利用できる(間接利用);2)原品種の遺伝子型を保持したまま特定形質だけを短い世代で改良できる;3)遺伝資源の拡大、分子生物学や遺伝学研究の貴重な材料となることをあげている。また、育種目的ならば大量処理が可能なγ線(またはX線)が優れ、遺伝実験には化学変異原が優れ、イオンビームなどの照射はγ線や化学変異原では誘発できない突然変異体を得たい場合に試みるとよいと結論している。また、交雑育種が不可能な栄養繁殖作物や単為生殖(アポミクシス)作物(中川 2007)にも適用できる。
 突然変異育種は、技術的には大量の照射材料を圃場に展開し、その集団を圃場で検定し、選抜を行う従来育種と大きな違いはない。しかし、簡易検定法の構築や各種放射線が植物細胞に与える効果を解明し、より効果的な突然変異誘発法や効率的な育種技術を開発することも重要であり、これらが車の両輪のようになり、放射線育種法を発展させてきた。
 突然変異品種数の正確な把握は難しい。変異原は、(1)放射線、(2)化学変異原、(3)培養変異に分類できるが、コルヒチンを用いた染色体倍加を化学変異原に加えるかどうか、また、培養処理によるソマクローナル変異をどう扱うかで数字が変動する。また、間接利用品種は何世代まで遡るのかという問題がある。例えばイネ突然変異品種「レイメイ」の持つ短稈突然変異遺伝子「sd1」は交雑によって多くの品種に伝わっている。「レイメイ」がなければその有用突然変異遺伝子を利用できなかったと考えれば、何世代遡ろうとも「レイメイ」の突然変異遺伝子を持つ品種は間接利用品種であると言える。表1は1998年時点での全世界の突然変異直接利用品種数である(Medina et al. 2005)。直接利用品種は1339、間接利用品種は554で、直接利用品種の内訳はγ線762(56.9%)、X線306(22.9%)、中性子51(3.8%)、化学物質164(12.2%)である。
 Micke et al.(1990)は種子繁殖性作物突然変異品種の改良特性を示した(表2)。改良特性は草丈減少と収量性、すなわち短稈化(dwarf)による機械化適性と穂数型による多収化が多く、次いで病害抵抗性、早生化、種子成分が100例以上あり、草型変異や適応性(環境耐性)、種子形態、耐冷性と越冬性がそれに続いている。この表から、種子繁殖性作物で誘発しやすい農業形質が推定できるが、時代や地域の育種目標を反映しており、記述されていない形質や数の少ない形質が誘発しにくいと結論付けることは危険である。
 わが国で育成された突然変異直接利用品種の内訳(中川 2006)を表3に示した。2005年の時点で、合計57作物、202品種、放射線利用が151(74.8%)、その中の約87%がγ線利用である。現在までのところ、この結果は上記の鵜飼(2003)の突然変異誘発原の選択に関する結論を裏付けるものとなっている。また、わが国で育成された突然変異間接利用200品種の作物別内訳(中川 2006)を表4に示したが、イネが圧倒的に多い。
 放射線育種場のγ線照射施設にはガンマーフィールド、ガンマールームおよびガンマーグリーンハウスがある。以下にこれまでの成果を記述する。
1)低アレルゲン米の育成
 コメアレルギーの原因となる物質の一つは16kDa蛋白質であると推定されている(Matsuda et. al. 1988)。Nishio and Iida(1993)は、コシヒカリへのγ線照射によって16kDaアレルゲン蛋白質含量が低下し、胚乳が粉質(floury)の4個体の突然変異体(85KG-4、86RG-18、87KG-970および89WPKE-149)を作出し、この16kDaポリペプチドとfloury胚乳を分離させるために戻し交雑を行ったが、連鎖が強いあるいは遺伝子の多面的発現(pleiotropy)が原因で、両形質を分離させることができなかった。しかし、Iida et al.(1993b)は、この85KG-4系統に37℃、市販のアレルゲン低減化米と同様の酵素処理法を検討した結果、85KG-4系統は1日の酵素処理の必要がなく、減圧処理後、そのまま流水洗浄し、市販と同程度に16kDa蛋白質酵素量を減少できた。また、同じ方法でも酵素量が五分の一で同様の効果があり、生産コスト削減できることを明らかにした。これら一連の研究の成果として、低アレルゲン米品種「家族だんらん」や「フラワーホープ」が育成された。
2)低たんぱく質米品種の育成
 近年、わが国では腎臓病患者が増加傾向にあり(西村 2000)、この腎臓病患者に対する処置の一つに蛋白質の摂取量制限がある。白米中には約7%の蛋白質が含まれるため、蛋白質摂取量制限を行っている腎臓患者は白米を主食として十分摂取できないことから、患者が主食として摂取できる低タンパク品種の育成が求められていた。米に含まれるタンパク質には難消化性のPB-I(主にプロラミン)と易消化性のPB-II(主にグルテリンとグロブリン)が存在する(Tanaka et al. 1987)。そこで、「ニホンマサリ」へのエチレンイミン処理によって低グルテリン突然変異体「NM67」を選抜した(Iida et al. 1993a)。「NM67」は、矮性化、種子稔性不良、早期黄色化等の好ましくない特性を備えていたが、「ニホンマサリ」に戻し交雑し、低グルテリン形質以外はほぼ「ニホンマサリ」と同一の特性を備えた「LGC-1」が育成された。この「LGC-1」は通常品種の種子胚乳の約60%を占める易消化性のグルテリン含量が半分程度に低下し、実質上の低タンパク質品種となり、臨床試験(それ以外の食事は通常通り)の結果、有用性が明らかになった(望月・原 2000)。
 「LGC-1」の易消化性タンパク質含量をさらに下げ、食味を改善するために、「コシヒカリ」種子へのγ線照射によって26kDaグロブリン欠失突然変異系統を作出し、この系統と「LGC-1」の交配によって、早生の「放育1号」から晩生の「放育5号」まで出穂反応の異なる5系統を育成した。これらの系統は易消化性蛋白質のグルテリンが通常イネ品種の30%程度に低下し、さらに26kDaグロブリンは全く存在せず、全易消化性蛋白質含量が50%程度となった。これらの中から、早生の「エルジーシー活(放育2号)」と中生の早「エルジーシー潤(放育3号)」が品種登録された(西村 2004;Nishimura et al. 2005)。
 一方、この「LGC1」の低グルテリン形質は種々のイネ育種事業で注目され、その後、酒米としても利用されている「春陽」(上原他 2002)や良食味低グルテリン品種「LGCソフト」(飯田他 2004)が育成された(図1)。
3)黒斑病抵抗性ナシ品種の育成と簡易検定法の確立
 ナシの栽培は1975年ごろまで、赤ナシの「長十郎」と青ナシの「二十世紀」の2大品種が大半であった。その後、赤ナシは「幸水」、「新水」、「豊水」等に置き換わったが、「二十世紀」はナシ黒斑病(Altanaria altanata(Fr.)Keissier)に罹病性であり(Tanaka 1933;Nishimura et al. 1978)、この防除のために袋かけや薬剤散布など多大な労力が必要であるにもかかわらず、1990年当時、ニホンナシの生産量の約28%を占めていた(真田他 1993)。一方、黒斑病抵抗性は1対の主動遺伝子に支配され、劣性ホモが抵抗性、ヘテロが罹病性で優性ホモ個体が存在しないことが明らかにされていた(小崎 1973)。そこで、γ線照射による抵抗性品種を育成が試みられた(真田他 1993;Sanada et al. 1988;壽他 1992)。
 1962年、ガンマーフィールドに「二十世紀」苗を線源から37mから93mの地点まで約4m間隔で定植し、緩照射を開始した。1981年に、殺菌剤処理を控えた際に黒斑病が激発したが、線源から53m(すなわち15R/日(=0.13Gy/日)の個体に病斑の認められない1枝(γ-1-1)が発見された。この枝の増殖と人工接種による抵抗性検定試験や交配試験によって、この抵抗性が確認された(Sanada et al. 1994)。その後、果樹試験場や27都府県試験場の協力でその優秀性が立証され、1990年に「ゴールド二十世紀」と命名登録され、1991年品種登録された。また、2004年にオーストラリアにおいても25年間の品種登録(Gold Nijisseiki:Application No.1997/056;Certificate No.2533)が認められた。
 一方、菌が産生するトキシン(毒素)を用いた抵抗性簡易検定法の確立も大きな成果である。黒斑病菌はAK-toxin Iを生産して葉の表皮を破壊し、細胞内に侵入する事が知られており、京都大学でこのトキシンの単離とその構造決定が行われた(Nakashima,et al. 1982;Nakashima et. al. 1985)。トキシンを含ませた濾紙上に枝の第1葉から第5葉をリーフパンチで切り取った直径約8mmの葉片を並べ、1−2日後に黒変する(罹病性)か否(抵抗性)かで抵抗性を検定できる簡易検定法(図2)が開発された(Sanada et al. 1988)。この検定法によって、「おさ二十世紀」への照射で「おさゴールド」(Masuda et al. 1997;増田他 1998)、「新水」へのγ線急照射によって「寿新水」が育成された(北川他 1999)。
 この簡易検定法は斑点落葉病(Alternaria altanata のapple patho-type)抵抗性リンゴ「放育印度」の育成にも利用された(Yoshioka et al. 2001;増田・吉岡 1996;伊藤他 2005)。この果実の品質は「印度」と全く変わらず、「印度」よりも耐病性が強く、「ふじ」並の耐病性を示す。
3)キクとバラの育種技術確立
 世界で育成された栄養繁殖性の花き類や観葉植物は多く、全突然変異品種の約30%を占める(表4)。その理由は、種子繁殖性の穀類では、突然変異の誘発によって有用特性が備わったとしても、種子稔性が低下した場合は品種になり得ないが、栄養繁殖作物の場合は問題ない。また、育種目標が花色や形態変異が多く、肉眼で比較的容易に変異を選抜できるという利点がある。しかし、栄養繁殖性作物では原細胞と突然変異細胞がキメラになることがあり、この解消が重要となる。そのため、以下の突然変異育種技術が構築された。
 Nagatomi(1996)は、キクの花色突然変異誘発に関して緩照射法と急照射法の差、照射量の差による誘発率や変異スペクトラムの差等を比較し、キメラ性が少ない花色突然変異誘発のためのガンマーフィールドでのγ線緩照射法と花弁培養を複合した育種技術を確立した。この技術によって、キク「大平」を原品種として6品種が育成された(図3)。また、原子力研究所(高崎)と共同で、炭素イオンビームを利用した培養との複合方法によって、6品種が育成された(永冨他 2003)。
 また、バラも栄養繁殖作物であり、切り花品種「サマンサ」の幼苗をガンマーフィールドに植え付け、1日あたり0.25〜1.50Gyの線量を16か月間(総線量98.4〜590.6Gy)照射し、選抜した変異枝を挿し木によって増殖し、変異形質を安定化させた後に系統とする方法を確立し(National Institute of Agrobiological Sciences,2004)、花の色と形に変異を持つ5品種が育成された(山口ら 2004)。
 放射線育種場では、研究機関のみならず、大学、企業、個人からの要望に応えて依頼照射も行っている。
<図/表>
表1 世界で育成された突然変異品種の内訳
表1  世界で育成された突然変異品種の内訳
表2 世界で育成された種子繁殖性作物の突然変異品種における改良特性
表2  世界で育成された種子繁殖性作物の突然変異品種における改良特性
表3 わが国で育成された突然変異直接利用品種の内訳
表3  わが国で育成された突然変異直接利用品種の内訳
表4 わが国で育成された突然変異間接利用品種の内訳
表4  わが国で育成された突然変異間接利用品種の内訳
図1 低タンパク質米品種の系譜
図1  低タンパク質米品種の系譜
図2 黒斑病抵抗性枝の簡易検定法:トキシンを含ませた濾紙上に置いた、リーフパンチで切り取った直径約8mmの葉の反応
図2  黒斑病抵抗性枝の簡易検定法:トキシンを含ませた濾紙上に置いた、リーフパンチで切り取った直径約8mmの葉の反応
図3 ガンマーフィールドでの緩照射と照射後の外植片培養との複合方法によって育成された品種
図3  ガンマーフィールドでの緩照射と照射後の外植片培養との複合方法によって育成された品種

<関連タイトル>
放射線照射による農作物の品種改良(放射線育種) (08-03-01-01)
放射線育種の利用例 (08-03-01-09)
突然変異育種と放射線育種場の成果(2) (08-03-01-12)

<参考文献>
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