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<概要>
 原発性肝がん(肝がん)は日本において増加しつつある悪性腫瘍である。肝がんの診断にはコンピュータ断層(CT)撮影などが広く用いられている。近年、マルチスライスCTが開発され、身体の任意の断面や臓器・脈管の立体的な再構築像が得られる。早期に発見された肝がんにはラジオ波熱凝固療法(RFA)が選択されることが多い。治療をより安全・確実に行うため、通常CTや、リアルタイム仮想超音波の支援下に治療を行うことがある。マルチスライスCTにより得られたボクセルデータから超音波断層像と同様の面を再構成した仮想超音波画像(VUS)や、リアルタイム仮想超音波システムが治療時に利用され、その有用性が報告されている。近年、重粒子線(陽子線)が肝がん治療に利用され、全国5か所の施設で施行されており、良好な成績を修めている。
<更新年月>
2007年09月   

<本文>
1.肝がんの疫学
 現在、日本人の死亡原因の第1位は悪性新生物であり、その中でも原発性肝がん(肝がん)は男性では肺がん、胃がんについで3番目、女性でも5番目に多い悪性腫瘍である(図1)。特に日本では1975年以降、肝癌による死亡数が年々増加している(図2)。その原因の多くは日本に多発する肝炎ウイルスによる慢性肝疾患であり、日本における肝がんの約80%がB型・C型慢性肝炎・肝硬変を合併している。特に、C型肝炎ウイルス感染は高率で慢性化し、数十年の経過で肝硬変、肝がんを引き起こす(1)。
2.診断
 コンピュータ断層撮影、Computed tomography;CTは肝癌のスクリーニング・質的診断に必須の放射線機器である。最近は薄層断層画像を高速撮影するマルチスライスCT、Multi Detector-row CT(MDCT)が試用される機会が増えている。MDCTは一回転の高速スキャンで4枚〜64枚の画像を同時に撮影する高速CTである。MDCTにより、通常の身体の冠状断像に加え最小0.5mm幅の断層像を積み上げ3次元再構築したボクセルデータが得られる。この立体データから身体の任意の断面を再構成したり、立体の再構築象を得ることができる。
3.肝がんに対する内科的局所治療
 肝がんは他の消化器がんと異なり、小さな状態で発見し完全に治療しても、背景にウイルス性慢性肝疾患を持っていることが多いため、高頻度で再発が起こる。従って一回の治療において、肝臓に対する侵襲を如何にして少なくするかが重要になる。この観点から直径3cm以下、3個以内の肝がんでは内科的局所治療法、主にラジオ波熱凝固療法(RFA)が選択されることが多い。RFAは腹部超音波できちんと描出できる小さな肝がんに対して、超音波ガイド下に腫瘍内に針を刺して電磁波を通電し腫瘍を熱凝固させる治療法である。これらの局所治療をより安全・確実に行うため、通常CTや、リアルタイム仮想超音波の支援下に治療を行うことがある。
4.仮想超音波
 肝がんの診断・治療には腹部超音波(US)が広く用いられる。腹部USは肋弓下、肋間などから腹部の断層像を得るため、CT、MRI等の水平冠状断の画像をもとに腹部USによって肝内の腫瘍の構造や位置関係を三次元的に把握するには熟練を要する。近年、マルチスライスCTの普及により、得られたボクセルデータからUS断層像と同様の面を再構成した仮想超音波画像(VUS)を生成することが可能である。また、超音波プローブの位置・角度をリアルタイムで検出しつつ、対応したVUS像を連続的に表示するリアルタイム仮想超音波システムが開発され、とくに肝がんに対する局所治療でその有用性が報告されている。
5.重粒子線治療
 肝がんに対する放射線治療については近年、部分肝照射療法の精度が向上したことにより肝局所療法の一手段として認識されつつあるが、患部を広汎に照射する場合には周辺腹部臓器に対する放射線障害リスクが生じる。近年、放射線治療の中で良好な線量分布特性を持つ重粒子線(陽子線)治療が肝がん治療にも利用されている。陽子線治療は、陽子が体内に入射された後に一定深度で高線量域を形成するという特徴を利用している。陽子線が初めて治療に応用されたのは1955年である(2)。肝細胞がんに対する陽子線治療は1992年に始めて報告された(3)。日本では筑波大学の施設である陽子線医学利用研究センターで1983年から陽子線治療が開始され、切除不能あるいは重篤な合併症を有する肝がんに対し陽子線治療を施行し、陽子線単独で1年間に92%の腫瘍の縮小が得られたと報告されている(4)。治療施設は現在筑波大学を始め全国に5か所ある。陽子線治療は、腫瘍が下大静脈や門脈に進展したような進行例に対しても照射野の腫瘍制御は有効であったとの報告がある(5)。
<図/表>
図1 日本における死亡原因の割合
図1  日本における死亡原因の割合
図2 年次別肝がん死亡数
図2  年次別肝がん死亡数

<関連タイトル>
医療分野での放射線利用 (08-02-01-03)
放射線によるがんの治療(手法と対象) (08-02-02-02)

<参考文献>
(1)Alter MJ. Epidemiology of hepatitis C. Hepatology 1997;26:62S-65S.
(2)松崎靖司、千葉俊也、田中直見:肝細胞癌に対する放射線療法−新しい陽子線照射療法の有効性とその適応−肝癌. 診断治療の最前線. 癌の臨床 2001;47:1107-1114.
(3)Tanaka N,Matsuzaki Y,Chuganji Y,et al.:Proton irradiation for hepatocellular carcinoma. Lancet 1992;340:1358.
(4)Matsuzaki Y,Osuga T.,Saito Y,et al.:A new effective and safe therapeutic option using proton irradiation for hepatocellular carcinoma. Gastroenterology 1994;106:1032-1041.
(5)水本斉志、徳植公一、大西かよ子、他:巨大肝細胞癌に対する陽子線治療、日本放射線腫瘍学会誌 2004、16supple:171.
(6)厚生労働省:人口動態(平成10年)
(7)政府官報:国民衛生の動向(2001年)
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