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<概要>
 卓上型で放射光を発生するみらくる型放射光発生装置は、赤外線(0.01から1eVの光)、軟X線(0.5から10keVの光)、硬X線(10keVから1MeVの光)といった様々な光を6MeVという低エネルギーシンクロトロンで発生する装置である。低エネルギーかつ完全円形で世界最小(外径60cm)のシンクロトロンである。シンクロトロンの電子軌道に微小ターゲットを挿入し様々なX線を発生する。X線を発生する点で放射光発生装置やX線管のようなX線発生装置と類似しているが、X線の性質が異なる新しい光源である。微小固体標的で白色光を発生する場合、単色のX線管と異なり、光子密度が放射光の様に高いにも関わらず、広い照射野を持つ。光源点の大きさが放射光より小さいため、より高品質のX線となる。X線画像は極めて精細である。薄膜ターゲットを用いて発生する軟X線の強度は、全体で1ワットに達する。結晶ターゲットを用いる場合には、単色光を直接発生できる。遠赤外線の発生では、円形電子軌道の周りに環状ミラーを配置して、100ミリワットを出せる万能光源である。
<更新年月>
2006年01月   

<本文>
1.みらくる型放射光発生装置のX線発生機構
 X線の発生機構について解説する。古くから実用化されたX線発生装置は、Roentgenにより発明されたX線管であり、100keV程度の電子を固体標的にぶつけて原子を励起して単色である特性X線を発生する。70年代に実用化された放射光装置は、シンクロトロン型加速器で電子を周回しながら、1GeV近いエネルギーの電子に磁場で制動をかけることにより、電子から直接X線や赤外線を発生する。100keVX線の発生には、8Gevという高エネルギー電子が必要となる。みらくる型放射光発生装置は日本人により発明されたもので、数MeVという低エネルギー電子をシンクロトロンで周回するが、X線の発生には、電子をa)微少固体、b)薄膜、c)結晶等で出来た標的にぶつけて発生する。標的の種類によって、発生X線ビームの特性を選択できるのが特徴である(図1:立命館大学に設置されたみらくる6X)。
 a)微少固体を用いる場合はX線管に似ているが、標的原子の励起で発生する特性X線を用いるのではなく、原子核のクーロン力を用いて電子に制動をかけることにより電子からから直接X線を発生する(図2)。高エネルギー電子を使用するため、X線管と異なり放射が前方に集中する。集中する原理は放射光と同じで特殊相対性理論による。従ってX線の特性は放射光に近いが、約10keVから電子エネルギーである数MeV程度までの連続X線を発生出来る点で異なる。さらには、X線は固体標的からのみ発生するので、ミクロンサイズの微少光源点が実現する。放射光の光源点サイズ約20ミクロンよりも小さい。これは、画像を撮った場合に、画像の解像度を決めるので大変重要な量である。みらくる型放射光発生装置で撮像するX線写真は極めて高解像度となる(図3:実物肺の診断写真)。
 b)薄膜を標的に用いると、1keV程度の軟X線が発生する。X線発生機構を遷移放射と呼ぶが、電子で励起されたプラズマ振動数を有するフォノンに電子が衝突して、このフォノンが薄膜表面から叩き出されるときに特殊相対性原理によってそのエネルギーが短波長へシフトする現象である。電子当たりの放射確率は、制動放射の1000倍となる。
 c)結晶を標的に用いると、標的から特定の角度に単色のX線が放出される(図4)。X線を結晶に当てると回折が起きて、ブラッグ角に決まったエネルギーのX線が放出されるのと同様である。電子は仮想光子(バーチャルフォトン)の塊である。電子と一緒に運動していた仮想光子が結晶に衝突して、実際の光子として遊離し、さらに結晶格子で反射されて特定の方向に決まったエネルギーのX線として放出される現象である。従って、電子の結晶表面への入射角を変えるとX線の波長を選択することができる。
2.みらくる型放射光発生装置における赤外線発生機構
 高エネルギー電子に磁場で制動を与えるとき、電子エネルギーが10MeV程度であると、X線は発生できないが、赤外線を発生する。20MeV電子では、波長約8ミクロンを中心に発生する。6MeV電子の場合には、約300ミクロンを中心に発生する。放射光でシンクロトロンの全周から発生する赤外線の強度は、8GeVでも20MeVでも変わらない。大型放射光装置では、全周の長さが1kmもあるため、全周から発生する赤外線を集めるのは不可能である。ところが、みらくる型放射光装置の軌道半径は15cmであり周囲の長さ1mであるから、容易に全周から出る赤外線を集めて取り出すことができる(図5)。大強度の遠赤外線を得るユニークな方法である。
3.みらくる型放射光装置の構造とビーム入射原理
 放射光装置は必ず2台の加速器で構成されている。みらくる型放射光装置で使用している加速器も原理的にはシンクロトロンである。電子を発生して高エネルギーに加速する装置と、高エネルギー電子を蓄積して周回する装置から成り立っている。前者を入射器と呼び、後者を電子シンクロトロン又は電子蓄積リングと呼ぶ。入射器にはライナックやマイクロトロンを使用する。図6は、マイクロトロン入射器と完全円形卓上型シンクロトロンで構成されたみらくる型放射光装置である。シンクロトロンは、普通、縦・横・進行方向に電子ビームの収束を行うためのたくさんの電磁石で構成されているが、みらくる型のシンクロトロンは、電子軌道が完全円形である1台の常電導電磁石で構成されている。1台の電磁石で電子ビームを縦・横に収束する原理を弱収束原理と呼ぶ。普通のシンクロトロンは強収束原理である。
 電子シンクロトロンへ電子ビームを入射して蓄積するための技術が有る。シンクロトロン磁石にただ電子ビームを入射しても決して蓄積はされない。それは電車を引き込み線から本線に入れる作業である。入れるにはポイントを切り替える必要が有る。ポイントを切り替えて本線に入った電子が一周して再びポイントに来たとき、ポイントを元に戻さないと、電子は周回を続けられない。この切り替えを実際にはパルス電磁石で行うが、1kmも有るような大きなシンクロトロンでは、光速度の電子が一周するのに要する時間がマイクロ秒の長さであるから、十分に余裕が有る。所が、みらくる型は、一周が1mであり、時間に直すと3ナノ秒である。3ナノ秒で動作するパルス磁石は存在しない。みらくる型放射光は、共鳴入射法という新しい加速器技術を開発して初めて可能となった(図7)。みらくる型で使用するパルス磁石のパルス幅は、400ナノ秒であるが、100ナノ秒の間に入射した電子はほぼ100%が取り込まれて蓄積される。400ガウスというわずかなパルス磁場で入射できるのも特長である。電子ビームがシンクロトロンの中で行うベータトロン振動という振動に対して共鳴を起こすことによりわずかな磁場で入射が完了する。
4.位相コントラストイメージ
 微少固体ターゲットを用いるみらくる型放射光で精細なX線画像を撮像出来ることは、その原理からして明らかであるが、そればかりか、位相コントラストと呼ぶ新しいX線画像を撮ることができる。X線の電磁波としての性質を利用する方法である。電磁波は密度の高い物質に侵入すると屈折を起こす。X線も屈折を起すが、屈折率は大変小さく、しかも1より小さい。可視光の屈折率は1.3程度であるが、X線は0.999という値である。可視光に対する凸レンズは、X線に対しては凹レンズとして働く。それはほんのわずかな量であり、屈折したX線と直進するX線の差が非常にわずかであるから、光源点が大きいとこの違いが識別されない。X線で位相コントラスト像を撮るには微少な光源点が必要となり、みらくる型放射光は屈折コントラストに最適である。みらくる型放射光の特長は、さらに、拡大画像を撮れることである。既に最大70倍の拡大に成功しているが、10倍拡大でとれた極めて精細度の高い肺の写真が図3である。位相コントラストであるから、骨は透けて見える。造影剤無しで血管が1本ずつ見える。腫瘍の密度と等価なウレタンの輪郭がよく見えている。
5.みらくる型放射光装置で広がる様々な利用分野
みらくる型放射光装置は放射光の様でもありX線管の様でもあるから新しい利用分野が開けようとしている。
(1)医学利用分野では、位相コントラスト撮像により、癌腫瘍を造影剤無しで、その形まで鮮明に写すことができる。通常の放射光を用いて位相コントラスト撮像はできるが、人の診断をするほど視野が広くはない。放射光の指向性が高すぎるためである。医療分野における位相コントラスト撮像は、みらくる型放射光装置で初めて実用化が進む分野である。医療診断を行う場合、患者の放射線被曝が重要な問題となる。高エネルギーX線を用いると被曝が増えるのではなく、高エネルギーX線は透過力が大きい分、人体で吸収され難い。従って人体へのダメージがX線管に比べてむしろ少ない。
 一方、放射線治療という観点では、腫瘍に放射線を集中するとき、その治療効果は、ライナック等で行う放射線治療と同等である。結果として、みらくる型放射光装置は、腫瘍をモニターしながら治療を行うという新しい診断・治療装置を出現させる。
(2)橋梁の非破壊検査には、橋梁を透過するMeV領域の高エネルギーX線が必要であるが、従来のX線源はいずれも、X線エネルギーが低くかつ解像度が低いために実用には至っていない。それがみらくる型放射光装置で実用化される見通しである。例えばコンクリート内のひび割れを造影剤無しで検出し、コンクリートの密度までも計測することを可能とした(図8)。
(3)蛋白質の構造解析は、放射光の需要が最も高い分野である。21世紀の製薬業になくてはならない。みらくる型放射光装置を用いて蛋白質構造解析を行う利点は、製薬企業が自社内で企業秘密を守りながら研究開発できる点に有る。又、必要なときに分析がいつでもできるという環境を提供する。蛋白質構造解析や、種々の原子レベルでの分析がいつでも利用できる環境は、研究や産業の発展を著しく加速するものである。
(4)電子顕微鏡は、原子1個を撮像できるような拡大率を有する装置である。それに対してX線顕微鏡の解像力は50ナノm程度であるから、解像度において太刀打ちができない。しかしながら、X線は透過力が高く、CTによる3次元イメージを容易に構築できるという特色が有る。従って、X線顕微鏡は分厚い試料の内部構造を見ることや、大気中でしか扱えない試料や生きた試料を扱うことを得意とする。
(5)微細加工は、軟X線を発生して行う。通常放射光からの軟X線出力は、約50ミリワットとされていて、主には超伝導シンクロトロンを用いて行われている。指向性が高いために、照射野を広げる必要があり、振動するミラーにより広げるということをする。これに対して、みらくる型で発生できる軟X線は、1ワットにのぼり、視野が広いために、反射型集光ミラーを用いて照射野を調整する(図9)。半導体の加工には、紫外線を用いてきたが、高密度化とともに回路の線幅が数10ナノとなり、紫外線ではできない段階に達している。
(6)蛍光X線分析は古くから知られている分析手法で、試料をX線で照射したときに発生する特性X線のエネルギーと強度から、含まれている元素とその量を特定することができる。照射するX線のエネルギーは、特性X線より高く無ければ、励起をすることができない。通常のX線管で得られるのは、30keV程度であるが、みらくる型放射光からは、容易に100keVのX線が得られるので、鉛等の重元素の分析に優れている(図10)。環境中や体内の重元素の分析は、環境の評価にとって、今後行う必要のある研究である。
<図/表>
図1 立命館大学に設置された“みらくる−6X”
図1  立命館大学に設置された“みらくる−6X”
図2 みらくる型放射光装置のX線発生機構
図2  みらくる型放射光装置のX線発生機構
図3 ウレタン製腫瘍を埋め込んだ実物肺の診断写真
図3  ウレタン製腫瘍を埋め込んだ実物肺の診断写真
図4 みらくる用の蛋白質構造解析ビームライン
図4  みらくる用の蛋白質構造解析ビームライン
図5 放射光スペクトル
図5  放射光スペクトル
図6 “みらくる−6X”のモデル
図6  “みらくる−6X”のモデル
図7 共鳴入射
図7  共鳴入射
図8 コンクリートブロックの非破壊検査
図8  コンクリートブロックの非破壊検査
図9 みらくる20SX
図9  みらくる20SX
図10 重金属の蛍光X線分析
図10  重金属の蛍光X線分析

<関連タイトル>
シンクロトロン放射光 (08-01-03-08)
蛍光X線分析の原理と応用 (08-04-01-26)

<参考文献>
(1)Edited by H.Yamada,N. Oda,M.Sasaki「Portable Synchrotron Light Sources and Advanced Applications」,AIP Proceedings 716,(2004).
(2)山田廣成:「卓上型の放射光装置を開発」、Science & Technology Journal、May 2005,p.18
(3)山田廣成:「ポータブルシンクロトロンで開ける新しい放射光利用」、放射線と産業 102(2004)p.18−29
(4)山田廣成、霜田光一:「光蓄積リング型自由電子レーザーの開発と生体研究利用への展望」、応用物理、65(1)、1996、p.41−47
(5)山田廣成:「卓上型シンクロトロンみらくる6Xによる高品質X線の発生とその利用」、応用物理、74(4)、2005、p.462−471
(6)H.Yamada,H. Saisho,T. Hirai,J. Hirano:“X−ray fluorescence analysis of heavy elements with a portable synchrotron”,Spectrochemica Acta B (2004)、p.1323−1328
(7)H. Yamada, et. al.,:“High resolution X−ray imaging by portable synchrotron MIRRORCLE−6X”, Proc. 16th WCNDT Int. Conf., Montreal Canada, 2004.
(8)D. Hasegawa,H. Yamada,A. I. Kleev,N. Toyosugi,T. Hayashi,T. Yamada,I. Tohyama,and Y. D. Ro:The Tabletop Synchrotron MIRRORCLE−6X, 第14回加速器科学研究発表会報告集,p.111,2003
(9)H. Yamada:“Novel X−ray source based on a tabletop synchrotron and its unique feature”,Nucl. Instrum. Methods in Phys. Res. B 199,p.509−516 (2003)
(10)山田廣成:「高輝度遠赤外線及びハードX線発生のための世界最小電子蓄積リングの開発」、放射光、11(2)、1998、p.155−165
(11)H. Yamada:「The smallest Electron Storage Ring for High Intensity Far−Infrared and Hard X−ray Generation」,Journal of Synchrotron Radiation,1998,p. 1326−1331
(12)H. Yamada:「Current Status and Biological Research Ramifications of Photon Storage Ring as a Noble Infrared Laser Source」,Advances in Colloid and Interface Sci. 71−72,1997,p. 371−392
(13)H. Yamada:「Super photon generator using collisions of circulating relativistic electrons and wire targets」,Jpn. J. Appl. Phys.,Vol. 35,1996,p. L182−L185.
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