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<概要>
 ラジオアイソトープを用いた中性子源としては、1940年代の226Ra/Beから、原子炉の利用開始とその進展に伴って徐々に変わり、今日、一般に市販され入手容易なものとして、241Am/Beと252Cfが定着している。そのほか特別な用途に適した幾つかのものがあり、それぞれその特徴を活かした利用法の開発も行われている。なかでも、252Cfは、半減期が少し短いという短所はあるが、法規制外の微弱線源から高強度線源まで最も広範囲に利用が可能であり、利便性の高い中性子源といえる。ラジオアイソトープを用いた各種中性子源の特徴とその効果的な応用方法についてまとめるとともに、252Cfの典型的な利用法について、工業計測、検査、分析などで話題性の高いものを中心に説明を加えた。
<更新年月>
2012年02月   

<本文>
1.はじめに
 ラジオアイソトープ(以下「RI」と略す)を用いた中性子線源(以下「RI中性子源」という)は、RI線源が一般に放射線源あるいは放射線発生装置のなかで占めると同様の位置付けや特徴を有する。すなわち、原子炉や粒子加速器などと比べると、その強度(中性子放出数/秒)は桁違いに小さく、またエネルギーにも限界がある。その代り非常に小型で、狭い所に挿入することや移動が容易で、値段もはるかに安い。しかも、中性子の発生は原子核の特性に基づき自然に起こるので、エネルギー、強度ともに安定している。
 これらの利点を活かした種々の中性子応用技術が、産業分野における工業計測、検査、分析などを中心に、広く実際に用いられ、またさらに新たな開発が進められている。そのような放射線利用の現場と開発の観点からみたRI中性子源について解説する。
2.種々のRI中性子源とその歴史的な進展
 中性子は通常、原子核の中で陽子と結合して安定な状態で存在する。このため、中性子を利用するには、結合エネルギー以上の励起エネルギーを与える核反応を利用して原子核外へと遊離させる必要がある。RIを利用して中性子を発生させる核反応として、(α,n)反応、(γ,n)反応及び核分裂反応があるが、これらの核反応で中性子収率を高めるためには、高強度の放射能を持つRIが必要となる。RIは壊変により強度が半減していくため必然的に中性子強度の低下は避けられないが、加速器や原子炉を利用した中性子源と比べて、(1)小型で取り扱いが簡単である、(2)可搬性がある、(3)照射設備が単純で維持費が安い、(4)強度及びエネルギーの安定性が高いという特徴を有している。
2.1 主に使用されたRIの変遷
 歴史的に使用されてきた中性子発生用RIの変遷は、およそ次のように要約できる(文献1の記述を基に説明を加えた)。
 1940年代:原子炉による人工RIができる以前は、天然のウラン系列の鉱石から抽出精製したラジウム226Raが、実際上唯一の中性子発生用RIであった。
 1950年代:研究用原子炉が使用可能になり、中性子照射による(n,γ)捕獲反応で比較的容易に製造できるポロニウム210Po、アンチモン124Sb、プルトニウム239Puが用いられるようになった。
 1960年代:原子炉利用の進展に伴い、各種の超ウラン元素の製造開発が進められ、アメリシウム241Am、プルトニウム238Pu、キュリウム242Cm等が登場した。一方、天然の放射性壊変系列中のアクチニウム227Ac、トリウム228Thがその特徴(系列内の複数の核種が利用可能なことなど)のために注目され、人工的につくられた。
 1970年代:超プルトニウム計画(米国)の下で約10年の歳月をかけ、当時「夢の中性子源」ともいわれた自発核分裂核種カリホルニウム252Cfが量産されるに至り、世界市場に華々しく登場した。239Puから出発して13回の中性子捕獲と途中数回のβ壊変を重ねて漸く到達するもので、その生産には特別に高い中性子束の原子炉が用いられた。従来のRI中性子源がすべてベリリウム(Be)とα線あるいは高エネルギーγ線124Sb)との核反応で中性子を発生させていたのとまったく異なり、RI自体の核分裂で中性子が発生することが、大きな特徴となっている。
2.2 各種RI中性子源の特徴とその利用
 現在、入手容易な市販製品は、実際上241Am/Beと252Cfに限られている。しかし、特殊な用途や特定の条件下では、次に述べる241Am/Liや124Sb/Beなどが貴重なものとして用いられることがある(上記の歴史的なものを含むRI中性子源の一般的な比較一覧及び主な構造例については、ATOMICAデータ「放射性同位元素 (08-01-03-03)」を参照のこと)。
(1)241Am/Be
 一般にα線をBe(ベリリウム)などの低原子番号元素に照射すると、核反応により速中性子が生じる(表1参照)。この方式の最も代表的なものとして、241Am/Beが定着している。平均約4MeVと比較的高エネルギーの中性子を放出し、随伴γ線量が割合少ない特徴がある。半減期が433年と長いため、長期間の使用でも取り替えの必要がなく、比較的低コストになる点が歓迎されて用いられることが多い。しかし、中性子発生効率があまり高くないため、高強度の中性子源は現実に製作困難であり、またそれほど強いものでなくても、252Cfに比べてコスト高になることがある点に注意を要する。252Cfより中性子エネルギーの高い成分が多いことも特徴の一つで、それが活かせる利用法としては、中性子非弾性散乱γ線による分析などがある。
(2)241Am/Li
 上記線源の構成材ベリリウムの代わりに、ホウ素、フッ素、リチウムを使用すれば、中性子強度がその順に数分の1に減少し、同時に平均エネルギーも約3MeV、1.5MeV、0.3MeVに低下する。このエネルギー特性に着目して、235U等の核分裂性物質を238U(1MeV以下の中性子では核分裂を起こさない)と区別して分析するのに、241Am/Liを利用した有名な例(参考文献2の米国ロスアラモス研究所の核物質計量管理装置Random Driver等)がある。
(3)124Sb/Be
 上述のα線の代わりに高エネルギーγ線を用いたもので、強いγ線に対する遮蔽等の問題があることと、半減期が60日と短いため一般的には利用しにくく、原子炉に付設することによって利用が可能となる(表2参照)。しかし、放出中性子が24keVの単色低エネルギーであるという際立った特徴があり、特別な用途に効果的に利用される。例えば、鉄はちょうど24keV付近に吸収断面積が顕著に小さくなる「窓」を有する(したがって同エネルギー付近の中性子だけが良く透過する)ので、この中性子の透過率を調べることで、厚い鉄中にある他の金属材の非破壊検査、CT検査などができる(文献3参照)。
(4)252Cf
 全壊変のうちの3.1%だけが自発核分裂(96.9%はα壊変)であるが、1核分裂あたり3.76個の中性子を放出するので、RIの1壊変(Bq)あたりの中性子数でみると0.117nとなる。この値は241Am/Beの場合のちょうど2000倍に近い大きなものである。この性質により、法規制外の3.7MBq以下の微弱放射能線源でも十分な利用性能が得られるとともに、従来のRIでは不可能であった大強度の中性子源も実現可能である。ただし、1990年代に比べて線源供給元の事情により大幅に価格が高騰している。現在購入できる最大線源は60GBq(放出中性子数6.9×109n/s)であるが、米国では中性子ラジオグラフィ装置にそれより大きい252Cf中性子源を使用していることが報じられている。平均中性子エネルギーは約2MeVと、241Am/Beの約5MeVより低いが、大多数の用途では問題なく、むしろ逆に好ましい。特に、熱中性子捕獲γ線利用分析などでは、前述の中性子非弾性散乱γ線利用分析とは逆に、高エネルギー成分の少ないことが有利になる。なお、核分裂によって生まれるので、そのエネルギー分布は235Uの核分裂スペクトルに近いきれいな連続分布となり、標準中性子場としても有用である。放出γ線は、核分裂に伴い瞬時に出るものと、核分裂生成物から生じるものとがほぼ同程度(平衡状態において)あり、Bq当りでは合計で0.66γで、1mg当たり2.3×109γ/sとなる。中性子放出数よりは大きいが、他のRI中性子源に比すれば中性子発生効率が格別に高いため、相対的にγ線量は決して大きくはない。なお、γ線の実効平均エネルギーは約1MeVである。半減期が2.65年とやや短いが、使用後の処理などを含む全体的な安全問題から考えれば、むしろ好ましいとも言える。
3.中性子利用の種類に応じた所要の線源強度
 上述のとおり、252Cfは、微弱放射能から大強度の中性子源まで5〜6桁にわたる広範囲のニーズに対応でき、ほとんどの用途に利用可能な線源である。そこで、各種の中性子利用法において、およそどれくらいの中性子強度あるいは252Cfの量が必要とされるかを図示したものが図1(文献4)である。この図から、熱中性子ラジオグラフィ、放射化分析(遅発γ線測定)、中性子捕獲γ線分析等の即発γ線測定、中性子吸収・散乱・減速等の応用計測の順に、所要の中性子強度が低い方へシフトしていることが分かる。最後の吸収・散乱・減速等応用計測では、特にわが国の場合、土木・建設分野における野外の工事現場での利用が、種類、件数ともに最も多い。これには移動して使用する必要もあって、ほとんどすべて法規制を受けない3.7MBq以下の252Cfが利用されている(ATOMICAデータ「RIの土木分野への応用原理(08-04-03-04)」を参照)。
4.252Cfの典型的な利用例
4.1 熱中性子ラジオグラフィ
 中性子ラジオグラフィには通常109n/s以上の放出中性子を必要とするので、252Cfが出現してはじめて、RI中性子源での利用が可能となった。図2は、1970年代にカナダで作られた移動可能型熱中性子ラジオグラフィ装置の概念図であり、この種の典型的なものである。この装置は40GBqの252Cfの格納兼輸送容器と熱中性子ビーム照射・露出ヘッドからなり、例えば、航空機の翼の検査部位近くに露出ヘッドを置き、翼内ハニカム構造部の異常の有無などを、熱中性子の透過像を撮影することで非破壊的に検査できる。一般に、熱中性子ビームは、水や水素を含む有機化合物、また、幾つかの特定元素によってのみ大きく減衰する性質があるため、X線やγ線による透過撮影では不可能な腐食検査などに有用である(文献5)。
4.2 即発γ線分析による空港手荷物の爆発物検査
 RI中性子を被検体に照射し、即時に発生する各元素特有のγ線のエネルギースペクトルを解析する技術、すなわち、即発γ線利用分析には、熱中性子による捕獲γ線測定と速中性子による非弾性散乱γ線測定の二つの方法がある。前者がより広く、石炭のオンライン分析などに利用されている。その応用例の一つとして、大きな話題ともなった手荷物内に隠された爆薬検知の実例を図3に示す。この場合、手荷物は右側の入口から入り、中央部において熱中性子の照射を受けると、ほとんどの爆発物に共通に多く含まれている窒素からは固有の高エネルギーγ線(捕獲γ線:10.8MeV)が瞬時に発生するので、これを多数のシンチレーション検出器配置で測定・解析する。この装置では、おもに109n/sレベルの252Cfが使用されている。他のX線検査装置と組み合わせて、ニューヨーク・ケネディー国際空港ほか数箇所に設置された(文献6)。より性能を向上させ、爆薬検知率と誤警報率を改善するために、窒素以外に酸素など他の元素成分をも同時に測定解析するなど、種々の方法・技術の開発が行われ、これに多くの関心が寄せられている。また、同種の技術は麻薬などの探知・分析にも応用が可能と考えられている。
4.3 中性子吸収トレーサ法
 野外における放射性核種をトレーサ(追跡子)とするRIトレーサ実験は、環境汚染の問題により、ほとんど実施されなくなってきている。そこで、中性子吸収係数の非常に大きいホウ素(非放射性物質)をトレーサとして用い、3.7MBq以下の252Cfを装備した中性子水分計をプローブとして、例えば、地下水中のホウ素濃度の時間的な変化を観測することで、その流速、流向を測定する技術が鹿島建設技術研究所で開発され、実用に供されている。
 新エネルギー技術開発を目指したサンシャイン・プロジェクトでは、石炭液化技術の開発が長期にわたって進められたが、その中で図4に示すように同様の方法が複数の実験プラントに適用され、貴重なデータが得られた。このケースでは、より大きな中性子吸収係数を持つガドリニウム化合物をトレーサとして、液化反応器の最初の入口(底部)から注入し、その出口配管部(頂部)に透過型熱中性子検出方式の濃度計(37MBqの252Cf使用)を設置して、同反応容器内の物質の滞留時間分布等が測定された(文献7参照)。プラント内部及び大量に排出される試験材料物質等の放射能による汚染を避けるために、RIトレーサ法に代わってこの方法が採用されたものであるが、同種の技術は今後多くの化学プラントの特性試験等にも役立つものと思われる。
4.4 高感度微量水素分析計
 中性子を利用した水分あるいは水素の測定法については、早くから種々の研究開発が行われ、測定対象の大きさや種類、その他の条件に応じた各種の計測器が作られてきた。しかしながら、中性子を効果的に利用し、計測しているか否かという観点で調べると、多くの場合、それら諸条件の選定が必ずしも最適化されていなかったと考えられる。
 そのような一つの例を図5に示す。数立方センチメートル程度あるいはそれ以下の小さい試料のなかに含まれるmgレベルの水素を検出測定するために、従来検討されてきたなかで最良の方法は、鉄とニッケルからなる中性子反射材のなかに、試料、252Cf線源及び熱中性子検出器を適当に接近させて配置するというものであった。しかし、これに対して別の発想から、試料中の水素よりはるかに大量の水素を含む減速材(ポリエチレン)を試料の周囲に置くことで、試料中の微量の水素の検出分析感度を数倍向上できることが明らかになった(文献8参照)。この例は、中性子利用のための基礎データの不足と研究開発の余地が意外なところにあることを示唆するものと考えられる。
(前回更新:2004年2月)
<図/表>
表1 (α,n)反応を用いたRI中性子源
表1  (α,n)反応を用いたRI中性子源
表2 (γ,n)反応を用いたRI中性子源
表2  (γ,n)反応を用いたRI中性子源
図1 RI中性子源(
図1  RI中性子源(
図2 2mg(40 GBq)
図2  2mg(40 GBq)
図3 米国国際空港に設置された手荷物用爆発物検知装置の一例
図3  米国国際空港に設置された手荷物用爆発物検知装置の一例
図4 石炭液化反応器内の滞留時間分布等測定への中性子吸収トレーサ法の適用
図4  石炭液化反応器内の滞留時間分布等測定への中性子吸収トレーサ法の適用
図5 小試料高感度微量水素分析計
図5  小試料高感度微量水素分析計

<関連タイトル>
放射性同位元素 (08-01-03-03)
RI利用の概論 (08-01-04-03)
RIの土木分野への応用原理 (08-04-03-04)

<参考文献>
(1)K.H.Ansell, A.Ainsworth and W.H.Thornett:Californium-252 Source Production in the United Kingdom the First Five Years, CONF-760436, Vol.II, Californium-252 Source Technology, Scientific and Industrial Applications (1976) p.II-77-II-93
(2)H.O.Menlove, N.Ensslin and T.E.Sampson:Experimental Comparison of the Active Well Coincidence Counter with the Random Driver, LA-7882-MS (Jun. 1979)
(3)M.Fujishiro, R.Taniguchi, Y.Tsujii and E.Hiraoka:Application of Sb124-Be Neutrons to CT for Iron Products, Neutron Radiography (3) (S.Fujine et al.(Eds.) Kluwer Academic Publishers (1990) p.267-273
(4)富永 洋:RI中性子源利用の進歩と動向、Isotope news(1979年10月号)、p.2-5
(5)L.G.I.Bennett:Transportable Neutron Radiography, CONF-760436, Vol.II, Californium-252 Source Technology, Scientific and Industrial Applications (1976) p.V-33-V-44
(6)神田 啓治、持木 幸一:空港における爆薬検知法の開発、RADIOISOTOPES、42、(7)、413-422 (1993)
(7)石川 勇:RI・放射線の産業利用、III.2. 日本原子力研究所と産業界の共同研究、RADIOISOTOPES、46、(9)、657-663(1997)
(8)富永 洋:中性子による計測と利用、XI.2.中性子応用計測—水分計および元素分析計、RADIOISOTOPES、46、(9)、675-680(1997)
(9)松林 政仁:中性子イメージングの中性子源、RADIOISOTOPES、56(2007)、479-486
(10)小林 久夫:中性子イメージング用ビームの生成、RADIOISOTOPES、56(2007)、573-583
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