<大項目> 基礎基盤研究および先端的研究
<中項目> 原子力船
<小項目> 原子力船「むつ」の安全性と研究成果
<タイトル>
原子力船「むつ」実験航海の成果 (07-04-02-02)

<概要>
 原子力船「むつ」は平成3年(1991年)度に実験航海として四回の洋上測定実験を行なった。この実験航海に当たっては、船舶がその運航寿命中に遭遇するであろう、気象・海象条件(静穏海域、通常海域、荒海海域および高温海域)および操船・操機条件(ジグザグ走航、定常旋回、八角航走、主機タ−ビン応答測定など)を考慮し、これらと原子炉系との相互関係を究明するため、測定実験計画が立てられた。これらの測定実験を通して、「むつ」はわが国として初めての原子力船の設計・建造・運航の経験であったが、原子力船技術の確立および原子力船乗組員の養成に十分貢献できた。また今後の原子力船開発にとっても多くの有益な知見が得られた。
<更新年月>
2005年04月   (本データは原則として更新対象外とします。)

<本文>
 「むつ」の出力上昇試験は昭和49年(1974年)9月1日に放射線漏れを起こして以来長い間中断されていたが、その後、遮蔽改修、安全性総点検、関根浜新定係港(青森県下北半島)の建設、原子炉容器蓋開放点検(燃料点検等)、船体点検などの点検・試験等が実施され、平成2年(1990年)3月29日再開され、同年12月14日入港をもって、出力上昇試験を終了した。同時に海上試運転も終了した。その結果、平成3年(1991年)2月14日使用前検査合格証および船舶検査証書が公布され、「むつ」はわが国の原子力第一船(用途:原子動力実験船)として完成したことになり、実験航海に出られることになった。
 実験航海においては、原子動力による運航実績を蓄積することの他に、特に船舶がその運航寿命中に遭遇するであろう気象・海象、操船・操機等を考慮し、これらと原子炉パラメ−タとの相互関係を究明するために、洋上測定の実験計画が立てられた(図1参照)。この計画を達成するため、便宜上海域を静穏海域(有義波高2m程度以下)、通常海域(有義波高2〜4m程度)、荒海海域(有義波高5m程度以上)および高温海域(海水温度28度以上)に分けて、平成3年度の1年間に4回実験航海を実施した(表1および図2参照)。
 以下では実験航海における主要な洋上測定実験の結果について述べる。
(1)気象・海象が原子炉パラメ−タに与える影響
 「むつ」のような蒸気タービンを主機関とする船舶の運転モードにはスクリュ−プロペラ回転数一定制御(主軸回転数フィ−ドバック制御)を使用して航行する場合(F/B=onと略称)と使用しない場合(F/B=offと略称)とがある。通常港内航行時のような船速の速い応答を必要とする場合にはF/B=onを用いる。実験航海では、気象・海象が原子炉パラメータに与える影響を測定する目的でF/B=onとF/B=offの両方の運転モードで測定実験を行った。F/B=onの場合に荒海航海中波浪の波向きが船体運動を通して原子炉パラメ−タに与える影響について図3に示す。波浪に向うときは船体抵抗が増加するので原子炉出力が高くなっている(約72%)。主軸回転数フィ−ドバック制御の時定数は30秒に設定されており、一方向い波の周期は短いので主機操縦弁が応答し難く、その結果蒸気流量の変動が小さく原子炉出力の変動が小さくなっている。追い波では出会い周期が20〜30秒程度なので、主機操縦弁が応答し原子炉出力の有為な変動となっている。
 波高が船体運動を通し原子炉パラメ−タに与える影響について、静穏海域と荒海海域で比較した結果を表2に示す。静穏航海時と高温航海時との波高に大きな差(1.8mと5.5m)があっても、静穏航海時と高温航海時との原子炉出力の差は小さく0.1%である。すなわち、波高が原子炉出力に与える影響は少ない。このデ−タはジグザク走航時のものであるが、針路変更操舵、定常旋回操舵のときでも同様であり、影響の大きい旋回操舵のときでも、原子炉出力の差で1%程度であった。
(2)操舵・操機が原子炉パラメ−タに与える影響
 静穏海域において、定常旋回操舵が船体運動および原子炉パラメ−タに与える影響を図4に示す。舵角20度の操舵が発令されると直径約400mの旋回をする。船速は約5分後に整定し、15ノットから8ノットに減速される。船体抵抗により主軸回転数は一時減少するが主軸回転数フィ−ドバック制御のため約8分後には定常になり、これに伴い負荷が増大するので、その結果原子炉出力は約9%上昇する。すなわち、良好な負荷追従応答性を示す。このデ−タは静穏海域のときであるが、通常海域になっても原子炉出力は約10%の上昇で、静穏海域との差は少ない。すなわち、原子炉パラメ−タへの影響は気象・海象よりも操舵・操機による影響の方が大きい。
(3)出入港時の原子炉パラメ−タの変動
 出入港に際しては操船・操機が頻繁に行なわれる。実験航海においては一次航海を除いては全て原子動力による出入港を行なった。出入港時操船・操機の原子炉パラメ−タに与える影響を図5に示す。頻繁に負荷変動が行なわれているが、このときでも原子炉出力は速やかに負荷変動に追従していることが示されている。
(4)まとめ
 実験航海で得られた洋上測定実験の成果のひとつとして、気象・海象および操船・操機が原子炉パラメ−タ(加圧器水位、蒸気流量、原子炉出力など)に与える影響は、気象・海象よりも操船・操機の方が有為で大きいことが確認できた。最大でも、体験した海象条件では原子炉出力の変動で約1%であった。一方、操船・操機に伴う船体運動条件では原子炉出力の変動は約10%、蒸気流量の変動は約20%、蒸気発生器水位の変動は±約2%、加圧器水位の変動は±約7%であった。
 もうひとつの成果は無事故の長距離航海である。無事故であった実験航海の航海距離は約6万4千km(地球約1.6周)、ウラン235消費量は約3.2kgであった。出力上昇試験等を含む全航海では約8万8千km(地球約2.2周)、ウラン235消費量は約4.2kgであった。設計当初としては原子動力のみで26万kmの航続距離を有したので、(因みに、「むつ」は後利用でほぼ同規模のディ−ゼル駆動の海洋観測研究船に改造されるが、航続距離は約12分の1である)、全航海でほぼ設計当初の3分の1(原子動力のみで8万2千km)航海したことになる。
 荒海航海では、船体自体も動揺(最大横揺れ約30度、最大波高約10m)・振動・スラミング(波で船底が叩かれること)・歪みなどを体験したが、原子炉の制御系統および機器類に異常はなかった。また一次冷却水および二次冷却水の水質も異常もなく、燃料、蒸気発生器等の健全性も確認できた。なお、船舶特有の急激な負荷変動に対する負荷追従性、および遮蔽改造の妥当性については出力上昇試験で検証済みである。
 出力上昇試験、海上試運転および実験航海によって、「むつ」は原子動力船として、通常の船舶として十分実用になることが実証できた。
 得られた多くのデ−タはデ−タベ−ス化されるとともに、計算コ−ドの検証、将来の原子力船の設計研究に役立てられる。一方「むつ」船体は、その一部(原子炉部分)が切り取られ、関根浜母港に陸揚げされ展示に供される予定である。船体全体は平成8年度までには大型の海洋観測研究船(地球環境観測船:約8600トン、ディ−ゼル駆動、速力16ノット、航続距離21,600km)として改造され、海洋科学技術センタ−で利用される計画になっている。
[用語]
 海上試運転:船舶安全法に基づいて、推進性能(速力試験、前後進試験等)、操舵性能(定常旋回、ジグザグ操航等)、振動特性など船舶としての総合的な性能を確認する法的試験である。「むつ」では最大速度17.6ノット、最大旋回直径377m、停止距離1453m(約6分、90%出力から)であった。
 有義波高:多数(ほぼ100)の波を数え、波高の高い順から3分の1を選び出し平均した波高のことで、ベテラン航海士の観測値がこれに近いといわれる。
 ノット:船速の単位で、1時間当たり1海里(約1.8km/時)の速度である。通常knまたはktで表示する。
 オ−トスピンニング(運転):タ−ビンを主軸回転数5〜10rpmで回し、前後進交互に約2分間隔で自動的に制御運転すること。主に港内操船時行なわれる。
<図/表>
表1 「むつ」実験航海の航海実績と原子炉運転実績の一覧
表2 波浪の波高が原子炉パラメ−タに与える影響(ジグザグ走航)
図1 実験航海における洋上測定実験項目説明図
図2 「むつ」実験航海航跡図
図3 波浪の波向きが原子炉パラメ−タに与える影響(荒海航海)
図4 操舵が原子炉パラメ−タに与える影響(定常旋回)
図5 出入航時原子炉パラメ−タの変動(第二次実験航海出航時)

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<関連タイトル>
原子力船「むつ」開発の概要 (07-04-01-01)
原子力船「むつ」の概要 (07-04-01-02)
原子力船「むつ」の安全性 (07-04-02-01)
原子力船「むつ」の解役と後利用計画 (07-04-03-01)

<参考文献>
(1) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1992
(2) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1993
(3) 日本経済新聞、1993年(平成5年)8月18日(夕刊)
(4) 日本原子力研究所:原子力船研究開発の現状1994
(5) 日本原子力研究所原子力船部門(編):原子力船「むつ」の軌跡−研究開発の現状と今後の展開−、原子力工業、Vol.38,No.4(1992)
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