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<概要>
 地球を構成する重い元素は、太陽系形成の原料元素を供給した超新星爆発の際のrプロセスにより生成したと考えられている。その瞬時には非常に重い核種(〜質量260)も生成し、不安定な核種は、その後の様々な壊変を経て安定な核種に変じたとされる。従って、核分裂生成物(FP)と定義される核種についても、地球誕生時に既に構成物として存在した始原FPと、後から、重い核種の自発核分裂反応と中性子誘起の核分裂反応により生成したFPがある。以上の天然核種とは別に、20世紀に始まった人類の原子力利用活動により新たに追加された人工のFPがある。本章では、人間活動が及ぶ大気圏と海洋、そして陸域:地表と地殻部分(平均厚み:陸地30km,海洋5km)を地球環境として、寿命の比較的長い放射性のFPのみを対象に、それらの全存在量をまとめている。
<更新年月>
2006年01月   

<本文>
1.天然放射性核種(NORM)として存在するFP
 これまでに始原FP量を測定したという報告はない。地球には寿命の永い始原元素であるUとThが主として地殻中に濃縮されて存在する。これらの重い核種は、自発核分裂と中性子誘起の核分裂反応によりFPを生成している。
1.1 238Uの自発核分裂反応からのFP
 U、Th、Pu核種の自発核分裂半減期表1に示した(参考文献1)。この中で下線を引いたものが天然核種である。自発核分裂の発生頻度は、その核種の存在量に比例し半減期に反比例するので、表中の有意の大きさをもつ天然核種は238Uのみである(半減期は 8.2 x 1015 年)。1モルの238U(原子核 6 x 1023 個、238g)の自発核分裂頻度は、
  λN =[0.69315 / (8.2 x 1015)]x 6 x 1023 = 5.07 x 107 /年
                      = 1.39 x 105 /日 = 1.61/秒
1kgの238Uなら核分裂数は6.76回/秒となる。
 地殻内の全U量は、U含有率を1.8ppmとすると約 4.32 x 1016 kgとなるので、地殻中で1年間に起きる総核分裂回数は 9.2 x 1024 となる(海水中ではその約0.01%)。これはウラン3.65kgに相当する。言い換えれば、地殻内では、年間約3.7kgの238U原子核が分裂してFPに変化していることになる。
 生成したFPは、その生成速度と崩壊速度が等しくなった時点で平衡状態(永続平衡)になり、その関係は次式で表記される。
  λMNeq = AM ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1)
ここで、λM:Mの崩壊定数、Neq:平衡時のMの原子数、AM:核分裂による生成速度
 (1)式からは次のことが解る。生成速度AMが大きいとNeqは大きくなる。AMが同じ場合、半減期の比較的短い核種は崩壊定数λMが大きくNeqは小さくなる。寿命が極めて長いFP核種では崩壊定数λMが小さいので、Neqは大きくなる。238Uの自発核分裂における99Tcの核分裂収率は6.07%なので、
  (0.69315 / 2.14 x 105)・Neq = 9.2 x 1024 x 0.0607
  Neq = 1.72 x 1029 個 = 2.87 x 105 モル = 2.84 x 107 g :約28t
同様にして129I(収率0.0266%)の平衡時の量を求めると、約12tとなる。
1.2 235Uの中性子誘起核分裂反応からのFP
 235Uの中性子誘起核分裂(n,f)反応の影響を推定するには、地殻中に存在するU原子近辺における中性子束を知る必要がある。Taylorは地殻中のNORMとしてのPu濃度について考察し、239Pu濃度:約 2 x 10−14 g/kgとしている(参考文献2)。これは、地殻内のPu全量として約 5 x 105 kgとなるが、239Puの半減期:24,390年を考えると、始原核種の239Puは既に消滅しており、後から238U(n,γ)反応により生成した239Puが永続平衡の状態で存在していると考えられる。そこで(1)式のNeqに上記値を入れて239Puの地殻内での生成速度[(n,γ)反応の発生頻度]を求めると、約 3.5 x 1025 反応/年(14kg/年)となる。同じ中性子場で235Uの(n,f)反応が起きるので、その時の両反応の比:235U(n,f)反応/238U(n,γ)反応は、核反応断面積と同位体比から約1.5となる(両反応とも熱中性子の寄与のみとした)。その結果235U(n,f)反応速度は約 5 x 1025 回/年となり、上記自発核分裂反応の回数 9.2 x 1024 回/年の約5倍となる。235U(n,f)反応における核分裂収率は、自発核分裂のものと比べ、99Tcはほぼ同じだが129Iでは20倍である。したがって235U(n,f)反応によるFPの平衡量は、99Tcは約150t、129Iでは約1,500tとなる。この様にして推定した長寿命FPの地殻内存在量を表2に示す。
2.原子力発電によるFP
 世界の商用原子力発電については、IAEA等のデータから2003年までの全世界総発電量は、約 4.7 x 1013 kWhである。この発電のために分裂消費したアクチノイドの量を求める。原子炉内で核分裂するのは235Uのみならず、(238Uの中性子捕獲で生じる)239Pu、そして238Uである。ここでは、軽水炉を念頭に、これらアクチノイドの1回の核分裂で利用できる熱エネルギーの代表値を190MeV、その電力への転換効率を33%として計算すると、上記 4.7 x 1013 kWhの電力量を得るには、約6,550tのアクチノイドの核分裂が必要である。すなわち、発電の結果生成したFPの総量も6,550tとなる。わが国の原子力発電では、2003年までの総原子力発電量約 5.3 x 1012 kWh、アクチノイドの核分裂量は約740tとなる。現在、全世界の発電炉によるアクチノイド核分裂量は、年間約350t(わが国のそれは約40t)である。
 長寿命FP核種:85Kr、90Sr、99Tc、129I、137Csの生成量(〜2003年迄)を、核分裂収率から求めた結果を表3に示した。
3.軍事用Pu生産からのFP
 軍事用Pu生産炉の場合、信頼出来る運転実績は公開されていないので、生産されたPu量からFP生成量を予測する。2000年時点では『兵器級Pu』の量として概算値300tとされている(米国約100t、ロシア約180t、仏国5t、中国5t、英国3t)(参考文献3)。『兵器級Pu』とは、保障措置上は240Puの同位体組成が7%以下とされている(それ以上であっても核弾頭として使用できる事も自明である)。Pu生産用の天然ウラン金属−熱中性子炉において『兵器級Pu』を得る時は、燃料の燃焼度を1000MWD/t以下に抑える必要がある(米国では600〜1000MWD/t、Hanfordにおいてスーパー級Puを生産するために125MWD/tといった条件が採られた)(参考文献4)。ウラン燃料を燃焼すると『235Uの核分裂反応』と『238Uの中性子捕獲→Pu生成反応』が平行して進むが、両者の比率をそれぞれの反応断面積(σf(235U)= 580b,σc(238U)= 2.72b)と天然ウランの核種組成から求めるとほぼ1.5となる。『兵器級Pu』生産における燃焼度は極めて低いので、生成したPuの燃焼は無視でき、Pu生成反応が優勢になる照射条件が採られる等の理由から、この比率はさらに小さくなる。以上の点から、Puが300t生成した時には、同時に約400tの235Uが核分裂したと推定できる。この量はFP生成量にも相当する。その時の主要なFP生成量を表3に示す。
4.舶用炉からのFP
 原子力艦船用動力炉(全世界で約500基)は、高濃縮ウランを用いた軽水発電炉と考えられるが、運転実績、再処理量等の記録は公開されていない。1997年の米国海軍省報告では、運転実績として総航続距離1億マイル以上4,700炉・年以上が示され、Idaho Chemical Processing Plantには原子力艦船からの使用済み核燃料:13tを保管、2035年にはそれが65tになるとされている(参考文献5)。1990年代以降は再処理を行わないこととなっているので、これが全量である。また、1996年時点の旧ソ連海軍所有の使用済み燃料は30t(5.6 x 1017 Bq)であるが(参考文献6)、高レベル廃棄物量は少ないことから再処理は実施されなかったと想像される。いずれも燃料の燃焼度が不明なので、FP生成量の詳細は解らない。
5.核爆発によるFP
 これ迄に知られている核実験は、大気圏内543回、地下1,876回であるが、そこでのアクチノイドの核分裂量(あるいはFPの生成量)に関しては、国連科学委員会報告;UNSCEAR(参考文献7)がある。上記大気圏内核実験の総収量440Mt(メガトン)の内訳として、全核分裂収率189Mtが示されている。そこで、《1Mt = 1.4 x 1026 fission = 56kgのアクチノイドの核分裂》を用いて全核分裂量に換算すると約11tとなる。地下核実験の総収量90Mtは報告されているが、核分裂収量の記述は見当たらない。総収量90Mtの約50%を核分裂反応によると仮定すると、アクチノイドの核分裂量は約2.6tとなり、両実験の合計は、13.6tである。これらの値に基づき、核実験により生成した主な長寿命FP核種の生成量を計算し、表4に示した。
6.地球環境に存在するFPの総量
 地球環境のFPについて、前章までに様々な生成源毎の存在(生成)量を報告した。ところで、原子炉には、上記以外にも研究炉、実験炉などがある。これらの炉は、数は多いが発電炉に較べて出力も低く、運転時間も限られているので生成したFP量は無視できる。以上をまとめて、表5に示す。ここで、85Kr、90Sr、137Csは半減期が比較的短いので、生成後の時間と共に減衰しているため、表5の値は現存する量ではないことに注意すべきである。
<図/表>
表1 Th、U、Pu元素の主な自発核分裂核種とその半減期
表1  Th、U、Pu元素の主な自発核分裂核種とその半減期
表2 地殻内に存在する長寿命FPの推定量
表2  地殻内に存在する長寿命FPの推定量
表3 世界の原子力発電およびPu生産活動で生成したFPの量(2003年迄)
表3  世界の原子力発電およびPu生産活動で生成したFPの量(2003年迄)
表4 世界の核実験により生成したFP
表4  世界の核実験により生成したFP
表5 地球環境におけるFPの存在(生成)量
表5  地球環境におけるFPの存在(生成)量

<関連タイトル>
再処理施設から放出された核分裂生成物 (06-03-05-08)

<参考文献>
(1)N.E. Holden and D.C. Hoffman:Spontaneous Fission Half-Lives for Ground-State Nuclides,2000IUPAC,Pure and Applied Chemistry,72,1525-1562(2000)
(2)D.M. Taylor:Environmental plutonium ? creation of the universe to twenty-first century mankind,in “Plutonium in the Environment” Edited by A. Kudo,Elsevier Sci. Ltd. 1-14(2001)
(3)ISIS(Institute for Science and International Security):“Status and Stocks of Military Plutonium in the Acknowledged Nuclear Weapon States”,(2004),http://www.isis-online.org
(4)P.P. Parekh et.al.:Radioactivity in Trinitite six decades later,J. Environ. Radioactivity,85,103-120(2006)
(5)“Record of Decision for a Dry Storage Container System for the Management of Naval Spent Nuclear Fuel”,Federal Register,62,No.5,(Jan.8.1997)
(6)International Science and Technology Center:“Brief Review of the Nuclear Complex of Ex-USSR”,
(7)Sources and Effects of Ionizing Radiation:UNSCEAR 1993 Report(1993),UNSCEAR 2000 Report(2000)
(8)館盛勝一:放射化学ニュース、第11号(2005年)、p.34
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