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<概要>
 大気圏核実験による放射性核種の大部分は、すでに陸上及び海上に降下している。その中で陸上に降下した放射性核種がそのまま沈着し移動しないのか、するのかという問題がある。ここでは、東海村近くの久慈川とその周辺での風等により砂埃によっての舞い上がり(再浮遊)によって、どのように137Csが動いているのかを実験的に明らかにした。その結果は、地表に蓄積した137Csの大部分は地表面近くに分布し、30年の半減期で減少し、降水等により河川に流れ込み海洋に放出されるのは0.04%にすぎない。また、地表面土壌に分布する137Csの風等による再浮遊の全大気降下物中に占める割合は、大気圏核実験の行われていた時期は0%に近く、核実験の中止された1980代後半から徐々に増加している。
<更新年月>
2003年01月   

<本文>
1.河川による放射性核種の移行挙動
 核実験等により地表に蓄積している放射性核種の移行挙動の内、河川による放射性核種の海洋への放出、土壌の再浮遊を明らかにする目的で、久慈川河川流域及び日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)構内を対象として研究を行った。
 河川流域における137Csの移行に関し、久慈川流域における137Csの年間流出量を、久慈川流量とその河川水に含まれる溶存態の137Cs及び懸濁態137Csとの関係を示す実験式( 図1 参照)を導き、さらに久慈川年間流量( 図2 参照・運輸省(現国土交通省)久慈川河川の流量観測値)の実測値から計算で推定した。一方、久慈川流域における137Csの降下量(4200MBq/km2)は大気降下物中の137Csの放射能量から推測した。その結果1年間に、久慈川流域に蓄積していた137Csの0.04%が河川水で太平洋に放出され、残りは蓄積した場所で自らの半減期で減少する割合が年間2.3%である( 図3 参照)。
 未撹乱土壌では、137Csの深度分布状況は表面から指数関数的に減少し、大部分は表層から5cmに腐植土、粘土等に吸着された形で留まっている。従って、吸着された137Csの内のわずかな量が降水などにより表土から洗い流され河川に達すると、そのほとんどが河底土に堆積することもなく海に放出されるものと評価される。
 懸濁態及び溶存態137Csは、河川水数百リットルを濾過し、濾紙上の残留物に含まれる137Csの放射能を懸濁態とし、次に濾紙を通過した河川水をフェロシアン化コバルトカリウム(KCFC)を繊維に含浸させた吸着剤で捕集することにより溶存態137Csとした。
2.大気降下物137Csにしめる再浮遊成分の評価
 1980年代初期に大気圏核実験が中止され、大気降下物(フォールアウト)中の放射性核種の放射能量は減少し、このため測定そのものも多くの時間を要する程である。そのため、水盤などで捕集される降下物中の放射性核種の中には、当然土壌等に蓄積している放射性核種が風等で舞い上がり再び降下する割合(再浮遊率)が増加しているものと推定される。この研究では、降下物中の土壌成分元素を放射化分析で評価し、土壌中の比放射能との関係で再浮遊率を求め1970〜1989年までの経年変化を明らかにした。
 その結果( 図4 参照)は、137Csでは、1970から1980年にかけて、大気圏核実験による直接降下する放射性核種の多かった時代は再浮遊率は少なく〜0%に近く、その後1980年代に入って大気圏核実験が中止され直接降下物中の放射性核種が少なくなるに連れ再浮遊率の増加の傾向を示している。なお、この経年変化の中で1986年チェルノブイリ事故時に直接降下物中の137Csが増加し再浮遊率も一時的に0%に落ちている。
 ここで、再浮遊率(%)は以下の式によって求めた。
 再浮遊率(%)=降下中の再浮遊137Csの放射能/降下中の全137Csの放射能×100
 再浮遊137Csの放射能(Bq/g)=降下中のAl(または、Sc,Cs)の重量/土壌中のAl(または、Sc,Cs)の重量×137Csの比放射能(Bq/g)
 この実験では土壌起因元素成分としてAl、Sc及びCsを選び、降下物及び東海村の土壌試料5つについて放射化分析によりそれぞれ定量しそれらの平均値を用いた。降下物試料は1970年より月毎に採取した試料を用い、降下物中の137Csは直接γ線放射能を測定し求めた。また、137Csの土壌中比放射能は、東海村土壌試料5つについて測定し平均値を用いた。
3.チェルノブイリ周辺環境における放射性核種の移行挙動
 ウクライナ(事故当時はソ連邦)のチェルノブイリ原子力発電所において1986年4月に起きた原子炉事故のため、同発電所近傍の地域30−40km範囲は放射性核種により高度に汚染されている。同地域の現在の主要な汚染核種は137Cs、90Srであり、事故以前に比較して10〜1000倍程度である。また、長半減期の239Pu、240Pu及び241Amも高い濃度で存在している。1994年以来、環境中における放射性核種の移行挙動の解明を目的に、チェルノブイリにおいて、表面水系を含む自然環境中での事故起因放射性核種の振る舞いについての研究を、チェルノブイリ国際研究センターとの協力により進めてきた。
 分析の結果、239Pu、240Pu及び241Amは分析上の相当分子量1000以上に溶存量の約90%が存在し、これは分子量数千から数万の溶存腐植物質(フミン物質)との結びつきのためと考えられるが、鉄の水酸化物がさらに二次的な役割を担っている可能性も否定できない。
 一方、対照的に90Srは、分析上の相当分子量1000以下に85%が存在し、多くがイオンの形で溶解していることが示唆された。本研究は、環境安全上重要な放射性核種について、実際の自然環境での振る舞いを解明したものとして意義が大きい。
 汚染土壌からの核種の移行係数については、137Cs及び90Srでは、従来とほぼ同様の値が得られている。
<図/表>
図1 久慈川水系における河川流量と
図1  久慈川水系における河川流量と
図2 久慈川水系における降水量、河川流量、および
図2  久慈川水系における降水量、河川流量、および
図3 久慈川流域における
図3  久慈川流域における
図4
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<関連タイトル>
環境の放射線防護研究 (06-03-05-05)
畑および水田における放射性核種の挙動 (06-03-05-07)
放射性物質の人体までの移行経路 (09-01-03-01)
放射能の河川、湖沼、海洋での拡散と移行 (09-01-03-05)

<参考文献>
(1) T. Matunaga et al.:Appl. Geochem.6,159 (1991)
(2) 上野 隆ほか:保健物理学会誌,29,17-22 (1994)
(3) 日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成2年(1990年10月)
(4) 日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成4年(1992年10月)
(5) 日本原子力研究所:原研における原子力安全性研究−第20回安全性研究成果報告会記念−(1992年10月)
(6) 日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成6年(1994年10月)
(7) 日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成9年(1998年10月)
(8) 日本原子力研究所:原子力安全性研究の現状−平成11年(1999年10月)
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