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<概要>
 高速増殖炉では、その開発当初より発生頻度は工学的に無視できるほど十分に小さいが、その発生を仮定すれば短時間で全炉心損傷に至り、その熱的および機械的影響によって炉心燃料中の放射性物質が短時間に放散する可能性がある仮想的炉心崩壊事故(HCDA)を、安全評価および安全研究の主要課題として扱ってきた。ここでは、高速増殖炉のシビアアクシデントの主要事項であるHCDA事象推移について概説する。
<更新年月>
2007年10月   

<本文>
1.はじめに
 シビアアクシデントとは、設計基準事象(原子炉施設を異常な状態に導く可能性のある事象のうち、原子炉施設の安全設計とその評価に当たって考慮すべきとされた事象)を大幅に超える事象であって、安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態であり、その結果、炉心の重大な損傷に至る事象と定義される。
 軽水炉冷却材を加圧して用いることから、配管破断に伴う冷却材喪失事故時に、冷却機能の多重故障、誤操作などから炉心損傷に至るシナリオが重視されてきた。一方、ナトリウムを冷却材に用いる高速増殖炉は、冷却材が低圧系であるため、配管の高所引き回しやバウンダリを二重化することで炉心冷却材喪失の可能性を低くすることが容易である。この反面、高速増殖炉の炉心安全上の特徴(炉心の出力密度が高いことや炉心反応度が最大体系でないこと)から、出力運転状態に想定される異常な過渡変化時に原子炉停止系の多重故障等から短時間で炉心損傷に至るシナリオが重要視されてきた。
 原子炉安全の基本機能である原子炉停止系は、これらを構成する機器・構造や異常検出系等に、多重性、多様性ならびに独立性を持たせ、適切な設計余裕を持たせることで高い信頼性を確保している。このため、一般に2系統設置されている高速増殖炉で、原子炉停止系が多重故障する発生頻度は工学的に極めて小さいと考えられる。
 しかし、高速増殖炉では開発当初から、この高速増殖炉の炉心安全上の特徴を考慮して、発生頻度は十分小さいと考えられるものの、炉心損傷への事象進展が早く、炉心損傷に進展した段階では炉心反応度が急激に上昇して炉心崩壊に至る可能性を考慮して、仮想的な炉心崩壊事故(Hypothetical Core Disruptive Accident:HCDA)が安全上重要な問題として扱われてきた。これは、軽水炉における冷却材喪失事故とその冷却に必要な緊急炉心冷却系(ECCS)の研究が軽水炉の安全問題として最重要であったことに匹敵するものであり、高速増殖炉を開発する国々で炉内・炉外試験による研究や解析コードの開発等が広範に実施されてきた。
 米国でのTMI事故後に、世界的に軽水炉におけるシビアアクシデント研究が確率論的安全評価手法(PSA)を適用して広範に検討されていくとともに、高速増殖炉においても、原子炉停止系の多重機能喪失だけでなく崩壊熱除去機能の喪失等、様々な起因事象から炉心損傷に至る事象の研究が実施されてきている。
 以下では高速増殖炉におけるHCDA研究を中心に説明し、次いでこのような事故の影響を大幅に緩和するために行われている近年の研究や、PSA評価の現状についても紹介する。
2.高速増殖炉のHCDA研究
 図1に炉心損傷に至る可能性のある起因事象別の事故の推移を示す。起因事象として「運転時の異常な過渡変化」と、そのときに独立2系統の原子炉停止系が同時に機能喪失するといった工学的には考えにくい状況を仮定すると、炉心冷却材の沸騰、炉心燃料の破損を経て最終的には全炉心の損傷、溶融に至る。このような原子炉停止に失敗する事象においては原子炉出力状態から開始するため、短時間に炉心燃料が溶融・移動して大きな出力上昇に至る可能性がある。とりわけ、外部電源喪失等による1次系の冷却材流量減少時に原子炉停止失敗を想定するULOF(Unprotected Loss of Flow)事象については、事故の影響の観点から代表的な事象と位置付けられ、ULOF事象を主な対象として安全研究が進められてきた。以下においてはULOF事象を対象として、その事象推移と評価の概要を説明する。
1)起因過程
 ULOF事象においては定格出力状態のまま1次系冷却材流量が減少し、十数秒程度(設計に依存)でナトリウムの沸騰が生じる。ナトリウム沸騰によって通常の高速炉では出力が増加し、燃料ピン被覆管の破損・溶融、さらには燃料の溶融に至る。この炉心溶融の初期段階では燃料集合体のラッパー管が基本的な健全性を保っており、溶融炉心物質はラッパー管内での軸方向移動のみを生じる。このような軸方向の物質移動が生じる炉心損傷の初期段階を「起因過程」と呼ぶ。
 この過程については、ナトリウム過渡沸騰試験、CABRI炉内試験(仏と共同)などによって物理過程の実験的な解明が進み、その知見はSASコードやPAPASコードなどの起因過程解析コードの開発・検証に役立てられた。これらのコードを使って実機における応答を解析した結果、不確定性を考慮して保守的な条件設定を用いない限り、起因過程から顕著な出力上昇に至ることはないことが示された。即ち、起因過程では炉心の出力の高い部分において冷却材が沸騰・ボイド化し、このボイド化によって出力は上昇するが、その結果としてボイド化領域の燃料が溶融すると燃料内に蓄積していた核分裂生成ガス(FPガス)の圧力が開放され、溶融燃料が軸方向上下へと分散し、これによって炉出力上昇が抑えられることが明らかとなった。
 また、FSI試験(燃料・ナトリウム相互反応)の結果では、溶融燃料とナトリウムの相互反応で発生する圧力と機械的エネルギーは大きなものにはならないことが示された。
2)遷移過程
 起因過程において大きな出力上昇に至ることなく事象が推移すると、燃料集合体のラッパー管が溶融し、溶融炉心物質は集合体間で互いに移動できるようになる。このような炉心全体での溶融炉心物質の運動と炉心反応度の変化を評価する過程が「遷移過程」である。遷移過程では、炉心部での燃料集合体ラッパー管の溶融に引き続き、径方向ブランケットのラッパー管や、制御棒案内管が溶融・破損する。この結果、溶融炉心物質は径方向ブランケット領域や制御棒案内管へと流出し未臨界に至る可能性がある。この過程では高温の溶融炉心物質と冷却材が部分的に混合し、ナトリウム蒸気圧の発生や燃料の固化や微粒化といった現象が生じる。
 このような過程で生じる様々な溶融炉心物質の挙動を模擬した炉内・炉外試験が行われており、これらの知見に基づいてSIMMERコードが開発・検証された。SIMMERコードによる解析の結果、遷移過程では緩慢な出力変動を経て炉心外へ燃料が流出するものと考えられ、顕著な出力上昇の可能性は不確定性を考慮した保守的想定条件の場合に限定されると考えられている。
3)炉心膨張過程、原子炉容器耐衝撃応答および格納系応答
 上述の起因過程と遷移過程の評価において、炉心の反応度係数等に保守的な値を採用して評価すると、大きな出力上昇が生じる可能性がある。この場合、出力上昇によって炉心が急速に高温・高圧になり、炉心物質が急速に膨張して炉心上部のナトリウムを上方へと加速する。この結果、上部プレナムのナトリウムが原子炉容器の上部に衝突し、その際に炉容器蓋(プラグ)の隙間を通じてナトリウムが炉容器蓋の上方へ噴出すること、原子炉容器が変形、損傷する可能性が考えられる。ナトリウム噴出については、炉容器蓋を抜けて格納容器内部へと放出された放射性物質の格納容器外への漏洩・放出の可能性に着目する必要があり、格納容器内への噴出ナトリウム量、燃焼モード、格納容器内部体積などの条件に応じた格納容器内圧上昇を評価する。これらの過程については保守性を持たせた評価が行われているが、適切な設計によって格納容器外への漏洩・放出を防止できることが示されている。
 原子炉容器の耐衝撃応答については、冷却材および溶融燃料の膨張過程でのエネルギー減衰の効果を適切に評価することが重要である。このような状況での炉容器応答を調べる耐衝撃模擬試験もこれまでに実施されており、その試験結果はPISCES−2DELKコードの検証に役立てられた。このコードを用いた実機解析の結果、炉容器上部への衝撃は比較的小さく、炉容器破損は防止できることが示されている。
4)炉心物質再配置と事故後崩壊熱除去過程
 起因過程あるいは遷移過程において大きな出力上昇を生じ炉心膨張過程に至った場合、高温・高圧になった炉心物質は主に炉心上方へと移動し、上部プレナムのナトリウムと混合するなどして固化した燃料は炉心上部の広い範囲に分散配置された状態になる。このため、事故後過程において燃料が発する崩壊熱の冷却材による除熱は後述の緩慢な事象推移の場合よりも容易になる。
 起因過程、遷移過程において大きな出力上昇がなく、緩慢な事象推移となった場合は、炉心部への残留燃料の量が相対的に大きく、また炉心から周辺へと移動した燃料の分散配置の度合いも小さなものとなる。この場合の事故後過程では、溶融燃料がナトリウムと混合して生成されたデブリ(クエンチされ微粒化した燃料破片)が炉容器内に分散配置されてデブリの堆積物(デブリベッドと呼ばれる)を形成する。このデブリベッドから崩壊熱を除去することが必要となる。この過程の事象推移を解明することを目的として、米国サンディア国立研究所のACRR炉内試験施設を用いたJDBP(Joint Debris Bed Program)と称する国際共同研究が行われた。この試験の知見に基づいてDEBRIS−MDコードが検証されており、本コード等によって「もんじゅ」規模の実機における崩壊熱除去過程を評価した結果、デブリは十分冷却可能で、崩壊熱も長期に亘って安定に除去できることが示されている。
3.実用化に向けた取り組み
 高速増殖炉の実用化に向けて、1995年頃から炉心燃料が溶融した段階で早期に溶融燃料を炉心外に流出できる設計とすることで、全炉心規模で炉心が損傷しても反応度の急激な増加を招かない方策の研究開発を、日本(日本原子力研究開発機構と電力)とカザフスタン共和国(国立原子力研究センター)が協力して進めている。そこではカザフスタンにある世界最大の炉内試験装置を用いた試験研究が実施され、溶融燃料の早期流出の原理確認を目指した取り組みがなされている。この研究が進展すれば、遷移過程から炉心膨張過程に至ることなく事故後崩壊熱除去過程に推移するシナリオとなり、炉心損傷の影響が原子炉容器および格納系へ及ぶことを大幅に軽減することが期待できる。
4.確率論的安全評価(PSA)研究
 高速増殖炉のシビアアクシデントについては、高速増殖炉の特徴を踏まえ、高速増殖炉開発の初期段階から事故の影響緩和に重点を置いた研究がなされてきた。一方、このような炉心損傷のリスク低減の観点からはPSA手法の適用評価と、これを踏まえた設計改良や運転計画最適化が極めて重要であり有効である。また、高速増殖炉の特徴を踏まえた適切なPSAの実施には高速炉特有機器の信頼性データベース(CORDS:COmponent Reliability Database System)を構築しておくことが不可欠である。日米間では特別協定を締結してデータ収集整理を行った。現在までに日米の高速炉施設、R&D施設からの膨大な機器・故障データを利用してデータベースが整備されており、PSAへの活用が図られている。
<図/表>
図1 FBRの起因事象別の事故シーケンス
図1  FBRの起因事象別の事故シーケンス

<関連タイトル>
高速増殖炉の安全設計の考え方 (03-01-03-01)
高速増殖炉想定事故の安全評価 (03-01-03-07)
高速増殖炉の安全研究の概要 (06-01-02-01)
放射性物質の放出移行挙動に関する研究 (06-01-02-07)
新型転換炉におけるシビアアクシデントに関する研究 (06-01-03-07)

<参考文献>
(1)原子力工業:LWRとFBR−その類似と相違、2.プラントシステム、Vol.35、No.2(1989)、P.63
(2)動燃事業団大洗工学センター:高速増殖炉の研究開発、第7章安全研究(平成2年)
(3)原子力安全委員会:原子力安全白書、大蔵省印刷局(平成3年12月)
(4)動力炉・核燃料開発事業団:「動力炉の実用化をめざして」大洗工学センター20年の研究開発(1990)
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