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<概要>
 高速増殖炉(FBR)プラントでナトリウム漏えいが発生した場合に備えて、ナトリウム燃焼挙動およびナトリウムエアロゾル挙動に関する種々の安全性研究が実施された。主要なナトリウム漏えい燃焼形態であるプール燃焼およびスプレイ燃焼を対象として、熱影響とナトリウムエアロゾルの影響を定量化する試験研究、解析コードの開発、影響を緩和する対策設備の研究が行われた。
<更新年月>
2007年01月   

<本文>
1.ナトリウムの燃焼形態と燃焼挙動
 高速増殖炉(FBR)におけるナトリウム漏えい事故によって、高温の液体ナトリウムが空気中の酸素や湿分を含んだ雰囲気に接すると、化学反応に伴う熱および反応生成物の煙(ナトリウムエアロゾル、主な組成はNa2O、Na22、NaOH)が発生する。この燃焼反応を引き起こす現象は、ナトリウムの漏えい燃焼形態によって、以下のように分類される。
(1)プール燃焼
 漏えいしたナトリウムが床などの上で平面的に広がり、その表面で酸素や湿分と反応する現象である。燃焼そのものは後述のスプレイ燃焼よりも穏やかであるが、ナトリウム漏えいの終了後にも燃焼が持続的に進行する可能性がある。下記のスプレイ燃焼が発生する場合に、プール燃焼もそれに付随して生じることが多い。
(2)スプレイ燃焼
 配管の破損部等から漏えいするナトリウムが複数の液滴となって飛散、落下する状態において、液滴の表面でナトリウムと酸素および湿分が反応する現象である。一般に、反応に寄与する表面積が大きくなり、プール燃焼よりも熱やナトリウムエアロゾルの発生速度が高くなるが、プール燃焼よりも継続時間は短い。
 ナトリウムの燃焼熱は建物構造など周囲に熱影響を及ぼす。また、ナトリウムエアロゾルは皮膚等に付着すると火傷を引き起こすとともに、事故の際にFPを運ぶ媒体となる。このため、ナトリウム燃焼時の熱影響とナトリウムエアロゾル挙動に関連する様々な研究が進められている。
2.ナトリウム燃焼の対策
 燃焼ナトリウムを消火する場合、一般の火災と同様に冷却と窒息の原理が適用される。ナトリウムは水・空気・ハロゲンなどと反応するため、ナトリウムの消火には特殊な消火剤が用いられる。国内では、乾燥炭酸ナトリウムを軽質かつ防湿性をもたせるように加工した粉末消火剤が開発され、広く使用されている。
 高速増殖原型炉「もんじゅ」では、原子炉容器を中心とする1次主冷却系のナトリウムを収納した部屋については、ナトリウムが漏えいしても燃焼が抑制されるよう、酸素濃度を低く設定した窒素雰囲気としている。一方、放射性物質の含まれないナトリウムが循環する2次主冷却系においては、部屋の雰囲気は通常の空気であるが、図1に示すようなナトリウム漏えい燃焼時の影響を緩和するための対策が講じられている。床に敷設される鋼板(床ライナ)の役割は、湿分を含む建物コンクリートと漏えいナトリウムの接触を防ぐことである。漏えいしたナトリウムは、床ライナの持つ勾配に沿って流れ、連通管と呼ばれる配管を経由して、建屋最下層に設置された貯留槽に導かれ、ここで自然に窒息鎮火する。動力炉・核燃料開発事業団(現在の日本原子力研究開発機構)では、実際にナトリウムを漏えい・燃焼させる試験を通じて、このような対策設備が有効に機能することを確認している。
 1995年12月に発生した「もんじゅ」の2次主冷却系ナトリウム漏えい事故では、約0.7トンのナトリウムが約4時間にわたって漏えい・燃焼した。この事故の後には、ナトリウム漏えい対策設備を改善・強化する方策として、(1)ナトリウム漏えいの早期検出と運転員の支援、(2)換気空調設備の改善、(3)ナトリウムドレン機能の強化、(4)ナトリウム燃焼抑制機能の強化(窒素ガス注入設備の設置、建物内部の区画化)、(5)コンクリートからの水分放出抑制、(6)貯留室の対策などが追加されることとなった。
3.ナトリウム燃焼時の熱影響とエアロゾル挙動に関する試験研究
 ナトリウム燃焼に関する試験研究は広範かつ多岐に行われている。それは、温度や酸素濃度など燃焼に影響を及ぼすパラメータを変えてプール燃焼およびスプレイ燃焼の基本的な燃焼挙動と熱影響を調べた試験、ナトリウム燃焼対策の有効性の実証を主目的とした試験などである。また、「もんじゅ」の2次主冷却系ナトリウム漏えい事故の後には、ナトリウム漏えい燃焼挙動の細部やメカニズムに着目した試験も行っている。その例として、床ライナの局所的な温度上昇を引き起こすことで着目されたナトリウム漏えい率10kg/h程度の「小規模漏えい」燃焼試験が挙げられる。この試験研究では、主にナトリウム漏えい率と燃焼部への供給空気の湿度を変えた試験を行い、それらの条件がプール拡がり面積(図2)および床ライナ材料の腐食減肉へ及ぼす影響について知見をまとめている。
 ナトリウム燃焼に伴って発生するナトリウムエアロゾルの挙動に関しては、事故時および事故後においても機能を維持すべき重要な機器・電気計装部品類に対してエアロゾルの付着の影響を調べる試験を実施し、それらの健全性が維持されることを確認している。このほかにも、ナトリウムエアロゾルの生態影響に関する研究、ナトリウムエアロゾルに対する市販の防塵マスクの性能を確認する試験、ナトリウムエアロゾルが事故時に放射性物質を随伴しつつ沈降・減衰する挙動を調べる研究等も実施されている。
4.ナトリウム燃焼解析コード
 ナトリウム燃焼時の熱影響を解析・評価するためには、以下に示すナトリウム燃焼解析コードが用いられる。これらの解析コードは、上述のナトリウム燃焼の試験研究から得られたデータを活用して、その計算能力の妥当性が確認されている。
 ASSCOPSコードは、米国で開発されたナトリウムプール燃焼計算コードSOFIRE−IIと、同じく米国のスプレイ燃焼計算コードSPRAY−IIをベースとして両者を結合し、さらにナトリウム小規模漏えいや湿分挙動に関する計算機能を整備したものである。ASSCOPSコードが計算対象とする部屋の数は2つであり、各部屋の雰囲気の状態量(温度、圧力、ガス成分濃度)を一点近似、構造物を深さ方向の1次元で扱う。
 ナトリウムエアロゾル挙動を評価するための解析コードとしてはABC−INTGが開発されている。エアロゾル粒子の凝集、粒径分布、沈着、沈降などを解析することによって、雰囲気中のエアロゾル浮遊濃度の時間変化を評価することが可能であり、事故後の放射能強度を解析する上で重要な役割を果たしている。
 近年では、ナトリウム燃焼およびナトリウムエアロゾル挙動を構成する現象を可能な限り機構論的に取り扱う解析評価体系が構築されている(図3)。この解析コード体系は、雰囲気空間の熱流動を3次元で解析するAQUA−SFコード、ナトリウム飛散挙動を評価する粒子法解析コードMPS−3D、液滴燃焼の直接シミュレーションを行うCOMETコード、化学反応の定量評価コードBISHOP、プール燃焼火炎近傍の反応を考慮した移流・拡散とエアロゾル動力学を扱う直接解析コードからなる。これら詳細解析コードで得られる知見はゾーンモデルに基づく解析コードSPHINCSに反映される。SPHINCSコードは、フローネットワークを用いて評価対象全体を多領域でモデル化する解析コードであり、プラントの安全設計・評価においてナトリウム燃焼時の熱影響評価を広い想定条件のもとで数多く実施するのに適している。
(前回更新:2001年1月)
<図/表>
図1 ナトリウム漏えい対策設備
図1  ナトリウム漏えい対策設備
図2 ナトリウム漏えい率とプール拡がり面積
図2  ナトリウム漏えい率とプール拡がり面積
図3 ナトリウム燃焼詳細解析コード体系
図3  ナトリウム燃焼詳細解析コード体系

<関連タイトル>
ナトリウムの特性 (03-01-02-08)
ナトリウム冷却システム (03-01-02-09)
ナトリウム取扱い技術 (03-01-02-10)
ナトリウムの安全性(1次系ナトリウム) (03-01-03-04)
ナトリウムの安全性(蒸気発生器および2次系ナトリウム) (03-01-03-05)

<参考文献>
(1)姫野嘉昭:高速増殖炉工学基礎講座6.安全工学、原子力工業、36(2)、P71?79(1990)
(2)動燃事業団大洗工学センター:動力炉の実用化をめざして(1990年3月)
(3)動力炉・核燃料開発事業団:動燃30年史(1998年7月)
(4)大野修司ほか:ナトリウム漏洩燃焼に関する研究,動燃技報,No.92(1994年12月)
(5)大野修司ほか:ナトリウム燃焼解析コードASSCOPSの開発と検証、サイクル機構技報、No.11(2001年6月)
(6)山口彰:高速増殖炉におけるナトリウム燃焼の解析手法、混相流、17巻3号(2003)
(7)宮原信哉ほか:高速増殖炉における冷却材ナトリウムの漏えい燃焼対策、日本燃焼学会誌、第45巻133号(2003)
(8)二神敏ほか:小規模ナトリウム漏えい時におけるプール燃焼挙動、サイクル機構技報、No.27(2005年6月)
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