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<概要>
 原子力発電施設における原子炉蒸気発生器、原子炉冷却系および炉内構造物は、内圧、熱、流動による機械的荷重を受けるとともに放射線による材料損傷を受ける環境下にあり、さらに冷却材による腐食環境下にある。このような環境下に長時間置かれると機器の材料の性能は時間と共に低下し、腐食が進行し、各種の欠陥が成長する、いわゆる経年変化または材料劣化と一般的にいわれる事象が生ずる。原子力発電施設の高経年化に伴い検討すべき経年変化事象としては、構造材料の中性子照射脆化熱時効脆化、疲労、応力腐食割れ、腐食、摩耗等の他、ケーブルの絶縁劣化等がある。これらの予測・評価・測定に関連し、現在行われている方法、あるいは研究例について概説する。
<更新年月>
2004年02月   

<本文>
1.高経年化に係る原子力発電施設の機器と経年変化事象
 発電用原子炉(PWRおよびBWR)の主要構成材料を表1に示す。
 この中でPWR(加圧水型発電炉)およびBWR(沸騰水型発電炉)の安全上重要な機器、構築物であって、補修・取替が容易でない機器、構築物で、かつ、長期的な経年変化を考慮すべき主要機器(図1)については高経年化に対する技術評価が行われている。一次冷却材(原子炉冷却材)は炉心で発生する熱を取り出すため、原子炉内を強制的に循環させられ、炉心内部の複雑な流路を流れる。原子炉、蒸気発生器、一次冷却系(再循環系)および炉内構造物は内圧、熱、流動による機械的荷重を受けるとともに放射線による材料損傷を受ける環境下にあり、さらに冷却材による腐食環境下にある。このような環境下に長時間置かれると機器の材料の性能は時間と共に低下し、腐食が進行し、各種の欠陥が成長する、いわゆる経年変化または材料劣化と一般的にいわれる事象が生ずる。原子力発電施設の高経年化に伴い考慮すべき主要な経年変化事象を表2に示す。
2.代表的な経年変化とその対策
(1)中性子照射脆化
 中性子の照射を受けると金属材料は非常に微小な格子欠陥(格子間原子、原子空孔集合体)が生じ(図2)、靭性(破壊に対する抵抗)の低下が生ずる。原子炉容器の炉心領域においては、中性子照射とともに遷移温度(*1)の上昇と上部棚領域(フェライト系材料において、遷移温度より高温側の延性破壊を生じる領域)の靭性が低下することが知られている。中性子照射脆化の程度は、材料中の銅、リンなどの不純物の含有量にも依存する。銅含有量の少ない材料では、格子欠陥集合体による脆化が主要な脆化要因であり、銅含有量の多い材料では、銅析出物などによる脆化が加わることが明らかにされている。
 原子炉容器鋼材の中性子照射脆化は、原子炉内に設置した同じ材質で作成した監視試験片を定期的に取り出して、シャルピー衝撃試験により遷移温度を求め、運転時間の増加、即ち中性子照射量の増加に伴う遷移温度の上昇分を求めることにより定量的に脆化の程度を把握している。この試験の具体的方法は通産省(現経済産業省)告示501号およびJEAC4201「原子炉構造材の監視試験方法」に規定されている。さらに、JEAC4206「原子力発電所用機器に対する破壊靭性の確認試験方法」に従って、遷移温度の上昇および脆性破壊が起こらないことの確認、およびシャルピー衝撃試験の上部棚吸収エネルギーの低下を評価する。照射脆化の予測は、単位時間当りの照射量の大きい材料試験炉などで試験体を照射し、照射量と関連温度の関係を求め、これを実験式として表した予測式によって行う。
 これまでの監視試験では、シャルピー衝撃試験を実施して鋼材の脆性を示す温度を評価している。しかし、最近欧米ではより精度良く脆化を評価するため、破壊力学(微小な欠陥を含めれば、構造物には各種の欠陥が存在すると考え、構造物が破壊するか否かの判断をこの欠陥に注目して評価する考え方)を使用した新たな破壊靭性試験法が導入されてきている。その手法はマスターカーブ法と呼ばれ、破壊靭性の大きなばらつきや温度特性曲線を仮定することにより、わずか6個程度(注:シャルピー衝撃試験では最低12個必要)の小型の試験片で、脆化に関する破壊靭性データを取得するというものである。日本においても、このマスターカーブ法の適用性や脆化評価の精度向上に関する検討を行っている。その一例として、シャルピー衝撃試験とマスターカーブ法から得られた脆化度を比較したものを図3に示す。このデータは、マスターカーブ法の方が10%程度大きい評価を与えるという結果を示している。この差は、衝撃試験や破壊靭性試験結果に含まれる誤差とほぼ等しい値であり、両者に有意の差はないものと考えられる。
(2)熱時効脆化
 オーステナイト相とフェライト相の2相から成る2相ステンレス鋼は、原子炉運転温度である300℃以上の温度に長時間保たれることにより、靭性が低下することが明らかになってきた。この現象は熱時効脆化と呼ばれ、熱時効の際にフェライト相中にCrの割合の高い相(Crリッチ相)が析出し、この析出物がフェライト相を硬化させることにより発生すると考えられている。熱時効による脆化の程度は、シャルピー衝撃試験による遷移温度と上部棚吸収エネルギーの測定結果から、遷移温度の上昇、吸収エネルギーの低下によって検出できる。
 2相ステンレス鋼CF8M材のシャルピー吸収エネルギーが、高温に曝される時間(時効時間)が長くなるにつれて低下することを示した研究結果の一例を図4に示す。熱時効温度が高いほど脆化の程度も大きく、速く生ずる。その脆化の程度は材料に含まれるフェライト組成の成分が多いほど著しいことが知られており、実用的にはフェライトの量が24%程度以下となる材料を使用することが必要であると考えられ、この点に注意しながら材料が製造されている。
(3)疲労
 低サイクル疲労については、通産省(現経済産業省)告示501号により、高応力部などの評価対象部位に対して過渡回数に基づく疲れ累積係数(材料に何種類かの応力が組み合わさって作用したときの疲労損傷を示す指標)評価を行い、これが1以下であることを確認する。過渡回数は個々の過渡事象毎に、プラント運転終了時点までのものを評価時点における運転実績などをベースに算定する。疲労の予測は、原子力発電施設の運転計画を詳細に把握することにより、より正確に行うことができる。流体振動による高サイクル疲労については、振動に伴う応力変動幅が疲労限(*2)以下であることを確認することによって破損にいたらないことを確認する。
 原子炉の冷却材として使われる水は極めて純度の高いもので、通常の使用状態では、水に含まれる溶存酸素濃度が、高くても20〜80ppm程度である。この純水の中でも疲労寿命が大気中に比べて低下することが分かってきた研究結果の例を図5に示す。500点を超える多数のデータを解析した結果、この疲労寿命の低下には水中の溶存酸素濃度、温度の他、材料に力が加わる早さ(歪速度)が影響し、さらに材料要因として材料に含まれる微量のS(硫黄分)も影響している事が分かり、樋口−飯田の式と呼ばれる経験式が発表されていて、この疲労寿命低下をよく予測できるようになった。
(4)応力腐食割れ(SCC
 応力腐食割れは、ごく一般的には溶接入熱により鋭敏化したオーステナイト系ステンレス鋼またはインコネル合金の溶接熱影響部などが、一次冷却材系配管・再循環系配管などに触れる腐食環境下にあり、かつ引張応力が働いている場合に生じ、配管においては管内面から割れが進行する。但し、現象自体複雑で未だ解明されていないことも多い。2002年に明らかになったBWRシュラウドや再循環配管で発生した応力腐食割れは、炭素含有量が低く鋭敏化しないと考えられていたものであり、現在詳細な機構解明が進められている。また検査についても、配管系に生ずる主として粒界型応力腐食割れ(IGSCC)は、JEAC4205「軽水型原子力発電所用機器の供用期間中検査」による供用期間中検査(ISI)の対象として、超音波を用いた検査によって検出することが一般化しているが、割れの深さについては、超音波により精度を高めて測定するための検討が進められているところである。
 炉内構造物に多用されているステンレス鋼などには、高線量の中性子照射を受けると照射誘起応力腐食割れ(IASCC)が発生し得ることが知られている。これは、ステンレス鋼などが高線量の中性子照射を受けると、高温高圧水による腐食と引張応力が同時に作用するような条件下で割れ感受性が生じる現象である。照射腐食割れ試験装置による低歪速度引張試験(SSRT)後の試験片の破断面全体に占めるSCC破面率(SCC部分の面積の割合で表し、割れ感受性の程度を示す指標としてよく採用されている)を合金別に示したのが図6である。中性子照射により発生したIGSCCの割合は、316系合金では304系合金に比べて小さくなり、Mo(モリブデン)の添加がIASCCの発生を著しく抑制したと考えられる。また、316系合金においてもS(硫黄)を添加した2合金のみはIGSCCおよび粒内型応力腐食割れ(TGSCC)が発生しており、304系合金におけるのと同様に316系合金においてもSは有害な元素であることがわかる。
(5)腐食
 腐食による減肉量の評価は、実測値を用いて腐食速度を求め、これを用いて予測を行うものである。減肉の測定には超音波厚さ計による肉厚測定などが行われる。急激な減肉の起こる可能性はなく、減肉の兆候が見られた場合には監視を強め計算により必要となる板厚より小さくなる可能性のあるものについては部材の取り替えなどを実施する。
(6)摩耗
 炉内計装用シンブルチューブが一次冷却材の流動により振動し、周囲の構造物と摩擦してフレッティング磨耗を起こしたことがあるが、進展は緩やかであり、取り替えなどの措置が可能である。
(7)ケーブルの絶縁劣化
 原子力発電施設で使用されるケーブルは全長1000kmを超え、一部は運転中において比較的高い熱、放射線を受ける。このため絶縁体であるゴムやプラスティックの絶縁性能が低下し、最終的には絶縁破壊を起こす可能性がある。従来、定期検査時に適宜絶縁抵抗の測定が行われ、必要に応じてケーブルの一部取り替えが行われている。
 ケーブルのその場劣化診断技術の開発として、光音響法による非破壊、非接触の劣化診断の研究が進められている。ポリエチレンやエチレン−プロピレンゴムなどの高分子材料が放射線や熱で劣化すると、酸化されてカルボニル基(−C=0)や水酸基(−OH)が生成する。これらの生成量は材料の劣化の程度に比例する。一方、これらの基は特定の波長の光を吸収する。そこで、このような特定波長のパルス光を劣化した材料に当てると、酸化して生成した基に吸収されて熱となり、これによって音波が発生する。したがって、光音響強度が大きいほど、材料の劣化が進行していることがわかる。光を材料に照射した時、発生した音響強度と破断時伸びの関係を図7に示す。高分子絶縁材料の劣化においては、引張り伸びや強度などの力学的特性の劣化が明瞭になった後で絶縁抵抗や絶縁破壊電圧などの電気特性の劣化が認められるようになる。ケーブル被覆材や絶縁材の劣化の指標として、伸びが100%となったときを寿命としている。図から伸びが100%のあたりから急激に光音響強度が増大していることがわかり、光音響強度が10.15以上では材料が寿命となっていることを示している。
(8)コンクリート構造物の機能劣化
 原子力発電施設のコンクリート構造物に要求される機能は、機器、構造物を支持する強度維持機能と原子炉周りのコンクリート構造物に要求される放射線遮へい機能である。従って経年変化事象としては、一般的にコンクリート構造物で問題となる材料の中性化、塩分浸透およびアルカリ骨材反応による強度低下の他に、熱や中性子照射による強度低下および遮へい能力低下が挙げられる。熱による強度低下はコンクリート中の脱水現象が原因であり、原子炉などの支持構造物からの熱を空冷または水冷により除去し、コンクリートの温度を管理することによって防止している。

[用語解説]
*1 遷移温度:
 金属材料の破壊形態は温度などに依存し、高温において延性破壊を生ずるが、温度の低下に伴い延性破壊から脆性破壊へ破壊形態が変化する。この変化(遷移)する温度を遷移  温度という。
*2 疲労限:
 疲労は繰り返し負荷される引張りおよび圧縮の変動応力(ひずみ)によって発生するが、負荷される変動応力(ひずみ)がある値以下になると繰り返し回数がいくら大きくなっても疲労き裂が発生しない。この変動応力(ひずみ)のしきい値をいう。
<図/表>
表1 発電用原子炉(PWR,BWR)の主要構成材料
表1  発電用原子炉(PWR,BWR)の主要構成材料
表2 経年変化事象
表2  経年変化事象
図1 高経年化にかかわる技術評価対象機器
図1  高経年化にかかわる技術評価対象機器
図2 照射による材料中の原子レベルの構造変化の計算例
図2  照射による材料中の原子レベルの構造変化の計算例
図3 シャルピー衝撃試験と破壊靭性試験から求められた脆化の程度の比較
図3  シャルピー衝撃試験と破壊靭性試験から求められた脆化の程度の比較
図4 2相ステンレス鋼の熱時効脆化実験例
図4  2相ステンレス鋼の熱時効脆化実験例
図5 水環境中での疲労寿命低下実験例
図5  水環境中での疲労寿命低下実験例
図6 照射後高温水中SCC試験における合金別のSCC破面率
図6  照射後高温水中SCC試験における合金別のSCC破面率
図7 各波長での破断時伸びと光音響強度の関係
図7  各波長での破断時伸びと光音響強度の関係

<関連タイトル>
原子力発電所の高経年化対策の現状 (02-02-03-18)
原子力発電所の高経年化技術評価等報告書に対する技術審査の概要 (02-02-03-20)
原子力発電所の高経年化に関する考え方と国の対応 (10-03-02-02)

<参考文献>
(1)前田 宣喜:原子力発電プラントの高経年化について(その2)、原安協だより、第157号、12−17(1997年)
(2)朝田 泰英:軽水炉長寿命化と材料技術、原子力eye、vol.45 No.5(1999年5月)
(3)草薙 秀雄:電中研における高経年化対策の研究、原子力eye、vol.45 No.5(1999年5月)
(4)日本原子力研究所:原子力安全研究の現状(1999年)
(5)資源エネルギー庁:高経年化に関する基本的な考え方(1996年4月)
(6)火力原子力発電技術協会(編):火力原子力発電設備用材料(1993年6月)
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