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<概要>
 宇宙開発の先頭に立ってきた米国と旧ソ連は原子炉衛星打上げの経験をもっている。米国では、NASA(航空宇宙局)を中心として宇宙炉の研究開発が進められ、原子炉SNAP−10Aを搭載したSnapshot衛星を打上げ、また熱推進用原子炉の開発のためNERVA/ROVER計画を進め、その技術基盤を確立したとしている。その後、SP−100計画、SEI構想(Space Exploration Initiative)のもとで宇宙原子力研究開発が続けられた。近年Prometheus計画が開始され、太陽系惑星探査のための原子力技術研究開発が進められている。
 旧ソ連では、1963年頃までに、電源用原子炉ROMASHKAの地上実験の成功に続いて、電気出力10kWe級の電源用原子炉TOPAZシリーズの開発を行った。また、1970年から1988年までに小型高速炉BUKを搭載したRORSAT海洋監視衛星31基が運用された。
<更新年月>
2003年12月   

<本文>
1.序 言
 宇宙開発の先頭に立ってきた米国と旧ソ連は、原子炉衛星打上げの経験をもっている。米国ではNASA(航空宇宙局)を中心として宇宙炉の研究開発が進められ、原子炉衛星SNAP−10Aを打上げ、電気出力500Weの実証試験に成功した(参考文献1、2)。この炉は43日後に故障を起こし停止された。また、熱推進用原子炉の開発のためNERVA/ROVER計画を1973年頃まで行い、その技術基盤を確立したとしている。その後、1980年代のSP−100計画や1989年に提唱されたSEI構想(Space Exploration Initiative)において、NERVA/ROVER計画の成果を受け継いで宇宙原子力研究開発が続けられた。2003年に、太陽系探査のためのRI電源システム、原子力電気推進システムの研究開発を実施するPrometheus 計画が開始された。
 一方、旧ソ連では、1963年頃までに、クルチャトフ研究所が電気出力800Weの電源用原子炉ROMASHKAの地上実験に成功した後(参考文献3)、1970〜71年に、物理・動力工学研究所が電気出力10kWeの電源用原子炉TOPAZの開発を行った(参考文献4)。1987〜1988年に、TOPAZはCosmos 1818及びCosmos 1867衛星に搭載され、飛行試験が行われた。また、1970年から1988年までに小型高速炉BUKを用いたRORSAT海洋監視衛星31基が運用された(参考文献5)。
2.宇宙での動力源としての原子炉
 電源用動力は、ロケットの本体や人工衛星、宇宙ステーションなどの機器に電力を供給する目的のものであるが、イオン推進エンジンなどの電気推進ロケットの電力を供給する場合もある。人工衛星や宇宙探査機の電源として、これまで化学電池、燃料電池太陽電池、RI電池が主に利用されてきたが、電力需要の増大に対処するため、原子炉の利用が検討されるようになった。すなわち人工衛星に必要な電力は、観測を主とする場合、地上との交信、観測機器の動作と情報処理のほか、軌道変更、姿勢制御のためのものであるが、惑星探査や月面基地計画などミッションが高度化、大規模化するとともに、数kWe以上の電力が長期間にわたって要求されるようになったことによる。また、比較的小電力ですむ観測ミッションであっても、火星以遠の惑星探査においては、太陽光が減衰してしまい太陽電池の利用は原理的に不可能となる。熱推進動力は、ロケット本体を惑星などの目的位置まで運搬するためのものであり、水素等の推進剤を非常に高い温度まで加熱、噴出して推力を得る。図1は、火星への飛行計画において化学推進と原子力推進を比較したものである。低軌道に打ち上げる重量及び所要日数の観点から、原子力推進が非常に有利であることが分かる。
3.米国の宇宙炉開発
 SNAP−10A(Space Nuclear Auxiliary Power 10A)は、熱出力34kWt、電気出力540Weの炉外熱電対発電型の熱中性子炉である。炉心部は図2に示すように円柱状をなしている。完全濃縮ウラン約10w/oを含む水素化ジルコニウム製の直径3.18cm、長さ33cmの燃料棒37本が稠密に直径22.7cm、高さ39.6cmの円筒状炉心容器に収納されている。燃料棒の被覆材はハステロイNである。ウラン−235の装荷量は4.3kgであり、炉心全体は114kgである。炉心容器は厚さ5.1cmのベリリウム反射体でかこまれている。反応度制御は反射体の開き角度を変化させて中性子漏洩を加減して行っている。冷却材としてはナトリウム・カリウム共融合金(NaK)が使用されており、燃料棒間の間隙を流路とし、入口温度482℃、出口温度585℃である。高温のNaKは電磁ポンプによって炉外にとりだされた後、熱電変換部に導かれる。熱電変換部では、NaKの配管の表面に多数のケイ素/ゲルマニウム(Si/Ge)合金素子の高温接点が接着されている。冷接点は放熱板により冷却される。熱電気変換部は、98kgの水素化リチウムを使った遮蔽体によりへだてられている。
 米国の宇宙炉の開発予算は、60年代の半ばに年間約1億ドルに達した後、70年代にベトナム戦争の影響で大幅に縮小されたが、80年代にはSP−100計画である程度復活した(参考文献6)。このSP−100(Space Power 100)はNASA、DOE、DODの共同開発による電気出力100kWe、7年運転可能、総重量3トンの電源用原子炉の技術開発を目指したプロジェクトで1985年には、窒化ウラン(UN)を燃料としニオブ合金(Nb1Zr)の配管によりリチウム7であり、冷却する小型高速炉で熱電変換素子により発電するとし電気出力は100kWeを基準とするものであったが、ミッションに合わせて変更できるようにするという基本仕様により、システムとしてフルスケールの開発方針が定まった。これにより炉物理試験やUN燃料体の照射実証試験やシステムの設計研究が進められた。飛行システムの主要目と概念をそれぞれ表1図3に示した。
 SEI構想では、宇宙船電源用のSAFE−400炉(参考文献7)、火星面用のHOMER−15炉(参考文献9)の研究開発が行われた。SAFE−400は熱出力400kWt、Re被覆UN燃料のNb1Zr/Naヒートパイプ冷却炉で、ガスタービンにより100kWeを発電する。HOMER−15は熱出力15kWt、SS被覆UN燃料のSS/Naヒートパイプ冷却炉で、スターリングエンジンにより3kWeを発電する。
 Prometheus計画では、電気出力50〜250kWe、出力当たりのシステム質量25〜35kg/kWe、10年以上の寿命を有する原子力電気推進システムの研究が進められる。新技術を用いた最初のミッションとして、2011年に木星氷衛星周回探査機(JIMO)の打上げが想定されている。
 人類の存在を太陽系の惑星に広げようとする政策を背景に50年にわたり原子力による熱推進への努力が継続されてきた。第一ステップとして第二次大戦の後から詳細な検討が始められ、原子力の利用の優位性が見通された。その後、NERVA/ROVER計画に基づく20基もの原子炉の地上試験により原子力ロケットの性能が実証された。
 ROVER計画では、高温に加熱された黒鉛炉心に推進剤の水素を注入して、これを2500K(ケルビン)以上に昇温させてノズルから放出させ推力を得た。当初は黒鉛の中に酸化ウランの微粒子を均質に分散させたブロック状の燃料体が使われたが、その後、炭化ウラン/炭化ジルコニウム被覆燃料粒子を分散させるようになった。
 実証した原子力ロケットに関する性能の要点を表2に示す。これにより、火星ミッションを達成するのに必要な推力の持続が実現可能であることを確認したとして1973年に炉による試験活動を停止した。
 SEI構想では、地球以外の太陽系惑星へ人類を送ることを長期的目標として、NERVA Derivative炉のほか粒子層炉、ガス炉心炉などのさまざまな型式の原子力ロケット概念が提案され、ミッション適合性、技術リスク、コスト、安全性などの評価が行われた。
4.旧ソ連の宇宙炉開発
 ROMASHKAは60年代からのクルチャトフ研究所で開発された熱出力40kWt、電気出力0.5〜0.8kWeの炉内熱電対発電型の高速中性子炉である(参考文献3)。炉心部は円柱状で、炉心領域は90%濃縮ウランを用いた板状炭化ウラン燃料体を黒鉛の構造の中に装荷して構成される。ウラン−235の装荷量は49kgである。炉心領域の周囲には熱伝導のよい金属ベリリウムブロックを配置して反射体としている。反射体中には、ホウ素を吸収体とした制御棒、安全棒が組込まれ、サーボ電動機で駆動される。炉心には冷却チャンネルはなく、炉心で発生した核分裂熱は伝導により反射体に伝わり、その外側にとりつけたフィンにより宇宙へ放射される。炉心領域の最高温度は1,900℃であり、反射体の外側でも最高980℃に達する。炉心部とフィンの間にSi/Ge合金素子による熱電気変換部がとりつけられている。
 BUK炉は熱出力100kWt、電気出力3kWeの熱電対発電型の小型高速炉である。燃料は90%濃縮ウラン・モリブデン合金で、約30kgのウラン235が装荷される。炉心はベリリウム反射体で囲まれ、その中に制御棒が配置される。炉心で発生した熱は電磁ポンプで駆動されるNaK冷却材により、放熱器内側に置かれた熱電変換器に輸送される。冷却材最高温度は700℃で、放熱温度は350℃、原子炉の総重量は930kgである。1970年から1988年までにBUKを用いたRORSAT海洋監視衛星31基が運用された。
 旧ソ連の宇宙炉TOPAZは熱出力130〜150kWt、電気出力5〜10kWeの炉内熱電子発電型の熱中性子炉である。60年代から開発が進められた炉であるが、熱電気変換効率が熱電対発電よりかなり大きいのが一つの特長である(参考文献4)。1987〜1988年にわたって改良炉TOPAZ 1の軌道試験が行われた。炉の設計電気出力は10kWeである。図4にTOPAZ 1炉の炉心構成と発電燃料要素の概念を示した。この2基のTOPAZ 1の飛行試験システムは5kWeの電気出力で行われ、一つの炉はタングステン合金の、もう一つの炉はモリブデン合金の熱電子エミッターを用いている。
 一方、TOPAZ 2(ENISEY)炉は電気出力6kWeの設計の炉で、特長は単一セルの熱電子発電要素からできていることであり一つの電源により全体システムを試験しうるという利点がある。TOPAZ 1及び2炉の特性を表3にまとめた。図5に示すようにTOPAZ 2炉は96%濃縮酸化ウラン燃料を用いた115〜135kWtの熱出力で熱電気変換効率約5%のNaK冷却炉である(6)。炉心は直径26cm、高さ37.5cmであり、37本の発電要素が一体化された減速材ブロック中に三角ピッチで配置された。減速材ブロックはイプシロン相の水素化ジルコニウムであり、不銹鋼のカランドリヤに収められた。炭酸ガス50%、ヘリウム50%の混合ガスがこのカランドリヤに水素の解離防止と熱伝達の促進のために封入された。原子炉の反応度制御は径方向の反射体中の回転制御棒で行い、反射体自体も異常高温の緊急時には自動的に落下するようヒューズつきバンドで固定されている。
 旧ソ連においても、1950年代から、原子力ロケットの研究開発が行われ、燃料要素の開発試験、コールドエンジンの製作・試験、40トン推力原子力ロケットの設計などが進められた(参考文献5)。
5.その他の国の活動
 宇宙炉に関する研究開発は、米国と旧ソ連に集中しており、その他の国では活発ではない。1990年代前半に、フランス原子力庁はERATO計画として、200kWeリチウム冷却宇宙炉の設計検討をおこなった。わが国においては、日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)等が宇宙炉炉心の基本検討が行った(参考文献9)。
6.結 言
 宇宙における原子力の利用は、プルトニウム238などアイソトープ発電を通して、Viking、Pioneer、Voyager、Galileo、Ulyses等による太陽系惑星探査ミッションを成功に導くなど、すでに大きな成果を収めてきている。これらは、科学観測及び通信機器に400Weの電力を供給する程度であり、電力の大きさでいうと未だ小規模にとどまっている。太陽光の利用が困難になる深宇宙を中心として、電力規模を100kWe程度にまで拡大しようとすると、どうしても原子炉を利用した発電を実現しなければならない。
 また、将来の惑星有人ロケットでは、打上げロケットの重量を低減できるとともに、無重力や放射線など過酷な宇宙環境に乗員が曝される時間を短縮できることから、原子力ロケットが魅力的なオプションになる。
 1991年に開始された熱電子発電の米国とロシアの共同開発計画TOPAZプログラム(参考文献5)は、新しい宇宙における原子力利用に関する国際協力の新しい動きとして注目された。燃料を含まない2基のTOPAZ 2が米国、アルバカーキに送られ、米国、ロシア、英国及びフランスの専門家チームによって電気ヒータ加熱地上試験が行われた。その後さらに、地上開発用2基、飛行試験用2基のTOPAZ 2が米国に送られたが、これらの試験が完了する前に、TOPAZプログラムは中止された。
 ロシアでは1990年頃に、また米国では1990年代半ばまでに大規模な宇宙炉開発プログラムは中止された。原子炉を必要とする具体的なミッションが策定されていないことが、その主な理由の一つであった。近年開始されたPrometheus 計画では、木星の3衛星を周回し、科学探査するJIMOミッションが短期的目標に設定されている。このようなミッションを可能にする技術として宇宙炉が注目を集め、研究開発が再び活発になろうとしている。
 宇宙における原子力の利用を主題とした国際会議としては、Symposium on Space Nuclear Power and Propulsionが1982年から毎年開催されてきている。会議には多くの参加者があり、将来の宇宙開発規模の拡大を見通して、宇宙原子力技術に高い関心が向けられていることがうかがわれる。
 宇宙炉に関連する先端的技術は、陸上の高速増殖炉や高温ガス炉の高度化に向けた技術と共通している面が多い。さらに他の産業分野への技術波及効果も大きい。このような観点から、宇宙炉研究開発の今後の動向を見守る必要があろう。
<図/表>
表1 SP−100炉の主要設計諸元
表1  SP−100炉の主要設計諸元
表2 米国における熱推進用原子炉の主要設計諸元
表2  米国における熱推進用原子炉の主要設計諸元
表3 TOPAZ 1、2炉の主要設計諸元
表3  TOPAZ 1、2炉の主要設計諸元
図1 火星短期滞在飛行計画(化学推進と原子力推進の比較)
図1  火星短期滞在飛行計画(化学推進と原子力推進の比較)
図2 SNAP−10A炉の熱電気変換
図2  SNAP−10A炉の熱電気変換
図3 SP−100炉の概要
図3  SP−100炉の概要
図4 TOPAZ 1炉の概要
図4  TOPAZ 1炉の概要
図5 TOPAZ 2炉の熱電発電素子(立断面図)
図5  TOPAZ 2炉の熱電発電素子(立断面図)

<関連タイトル>
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<参考文献>
(1)金子義彦、篠原慶邦: ”人工衛星積載原子炉”、原子力工業、Vol.25、No.1 (1979)
(2)DIECKAMP, H. M. et al.: ”Reactor Direct−Conversion Unit”、p.218、第3回原子力平和利用ジュネーブ会議 (1964)
(3)Миллоншиков М.Д и др.: ”Высокотемпературныи реактор−преобраэователь” <<ромашка>> p.873、第3回原子力平和利用ジュネーブ会議 (1964)
(4)Кузнецов В. А.: ”Испытания термозмнсснонных реакторов−преобразователеи” ”Топаз−1” ”Топаз−2”、3rd International Conference on Thermionic Electrical Power Generation (1972)
(5)PONOMAREV−STEPNOI, N. N. et al.: ”Russian Space Nuclear Power and Nuclear Thermal Propulsion Systems”, Nuclear News、Dec. (2000)
(6)EL−GENK, M. S.: ”A Critical Review of Space Nuclear Power and Propulsion 1984−1993”、American Institute of Physics、New York (1994)
(7)POSTON, D, I., ”Nuclear Design of the SAFE−400 Space Fission Reactor”, Nuclear News、Dec. (2002)
(8)POSTON, D, I., ”Nuclear Design of the HOMER−15 Mars Surface Fission Reactor”, Nuclear News、Dec. (2002)
(9)YASUDA, H., et al,: ”Conceptual Study of A Very Small Reactor With Coated Particle Fuel”、The 7th Symposium on Space Nuclear Power Systems (1990)
(10)安田秀志、滝塚貴和: ”宇宙でいかに原子力を使うか”、エネルギーレビュー、13(2),14−18(1993)
(11)安田秀志、滝塚貴和: ”宇宙用RI電源”、Radioisotopes、41 (6)、55−56 (1992)
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