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<概要>
 スパークチェンバーは福井崇時氏と宮本重徳氏により発明された装置で、1960年〜1970年の間に原子核物理の実験に用いられた。放電管を高電圧場に置いて、内部が放射線により電離されると放電が生じ放電管が光る。多くの細い放電管を二次元的に並べて、パルス高電圧をかけて宇宙線の軌跡を観測できるホドスコープが1950年代の半ばに発明された。この製作に携わった両氏が放電の様子を詳しく調べているときに、ある条件で宇宙線の通った軌跡に沿って細い放電の起こることを発見し発明に至ったものである。上下の電極板とガラスの側面で薄い箱を作り、何層も積みかさね、荷電粒子の通過した信号で高電圧パルスを加え、荷電粒子の飛跡を見る装置である。福井氏等が発明した時点では“放電箱”と呼んでいたが、その後、“スパークチェンバー”と呼ばれるようになった。現在、原子核物理の実験には用いられていないが、宇宙線の通る様子が目で見て分かるので、宇宙線を目で見る装置として製作されていて科学博物館などで見ることができる。
<更新年月>
2007年07月   

<本文>
 ホドスコープとは図1に示すように金属の電極版の間にネオン管を多数配置し、ネオン管からの光が他のネオン管に入らないようにネオン管の側面を黒紙で光の遮へいをしておく。外側の上下の検出器で発生する荷電粒子が通った信号の同時計測によりトリガーをかけて2μs程度の幅の高電圧を電極にかける。すると荷電粒子の通過したネオン管が光り、通過した道を見ることができる装置である(参考文献1)。コンヴェルシらの場合、ネオン管のサイズは外径0.7cm、長さ22cmでネオンガスを35Hgcmに詰めた管で、電極の面積は22cm×44cm、電極間の距離は4cmである。取られた写真(図2)では宇宙線の飛跡が良く見える。計数管の同時計数の時刻から遅延時間1μs以内なら高電圧は5keV/cmから10keV/cmまで効率は変化が無く安定動作の領域が広い。遅延時間が5μsを超えると効率が落ち始める。これは宇宙線で生じた電子がガス中を拡散するからである。1回の放電の極短時間の後に高電圧パルスをかけると、粒子が通ってなくても放電が起こってしまう。このため時間をおく必要があるが、この回復時間は0.1sと短時間である(参考文献1)。ホドスコープチェンバーは安価で安定な大容積の検出器を作ることができる利点がある。
 福井氏等は、ホドスコープチェンバーの特性を調べるために、検出効率について、高電圧をかける遅延時間依存性、ガス圧力依存性、ガスの純度依存性などの基本的な性能を調べて、以下の事実を明らかにした(参考文献2)。ガス圧と電圧によるが、宇宙線が通らなくても偽の放電が起こる場合がある。この偽の放電は、放電管を洗浄液で洗浄することにより大幅に減る。つまり、ガラスの内表面の状態に大きく依存する。放電の様子を調べるために、放電管の軸に垂直方向から放電の様子を写真に取った。放電管は3本用いガス圧をそれぞれ50cmHg、35cmHg、10cmHgとし、宇宙線の飛跡と放電とを対応させるために、ホドスコープをこの3本の放電管の上下に直角にセットしてある。得られた写真を図3に示す。図3(a)に示すように、宇宙線の通った部分に最も明るい放電柱が立ち、その他の場所にも放電が立っているのが分かる。最も明るい部分以外は放電により発生した紫外線による電離で放電が成長したものであると考えられる。宇宙線の通過と高電圧パルスを加えるまでの遅延時間が1μsの場合は図のように明るい放電は宇宙線の飛跡に沿って1本であるが、遅延時間が10.5μsでは、明るい放電が飛跡の近くに数本見られる。これは宇宙線により電離された電子が拡散するためであると考えられる。コンデンサーの放電による高電圧パルスの場合の立ち上がり(〜10^−8s)に比べて立ち上がり時間の遅い(〜0.3μs)矩形波を加えた場合には、宇宙線に沿った明るい放電は見られない。これは、電離された電子の加速が急速でないために放電の成長が遅く、電流密度が十分に大きくならず柱状にならないと考えられる。
 図3(a)の電圧5kV/2cmでガス圧が50cmHgの放電管では、宇宙線の飛跡に沿った一本の放電のみが見られる。ホドスコープチェンバーの欠点は、飛跡の精度がネオン管のサイズで決まってしまうことであるが、図3(a)は宇宙線の飛跡を良い精度で測定できることを示している。
 このような実験結果から、粒子の通過した跡にのみ放電を成長させる新しい試みのための予備実験を行い、1)電極として導電性ガラスは電極として用いることは可能、2)放電は同一空間内で何本も起こりうる、3)粒子の軌跡以外に放電を起こさせないためには、できるだけ時間幅の狭い電圧パルス(例えばCR時定数は10^−7s)を加えること、4)高電圧パルスの時間幅が狭いので電圧値は高くなる(例えばピークで12kV/2cm)、という結果を得ている。
 これらの結果を元に、スパークチェンバーが製作された(参考文献3)。テスト用に作られたチェンバーを図4に示す。チェンバーの上下にGM検出管を配置し、金属板あるいは導電性の硝子板を電極とし、0.5mmまたは2mmの厚さのガラスで内寸を8.5cm×13cm×2cm又は8.5cm×13cm×1cmの箱を重ねたものである。内部は1気圧のネオンとアルゴンの混合ガスを用いている。上下のGM検出管の信号の同時計数で宇宙線の通過した事象を捉え、これで高圧電源をトリガーし、高電圧パルスを印加する。図5は、スパークチェンバーで宇宙線を捉えた最初の写真である。
 宇宙線の飛跡に沿って電離が起こり、その後に高電圧を印加すると電離で自由になった電子が加速され、放電に成長する。宇宙線により電離された電子は気体中を拡散するので、遅延時間が長いと放電の起こる箇所は複数になる。また、高電圧のかかっている時間が長いと、放電により生じる光で気体が励起され、高電圧で電子が生じるので、箱全体の放電に広がる。このために、遅延時間と高電圧パルスの時間幅は重要なパラメータである。
 時定数RCは10^−7sとし、印加する電圧は2cmの箱で12.5kV/2cmから15kV/2cm、1cmの箱で8kV/1cmから12kV/1cmを用いている。同時計数信号と高電圧パルスの遅延時間は2μsより短ければ検出効率は100%である。遅延時間が10μsを超えると、宇宙線の飛跡に沿う放電はなくなり、ランダムな場所での放電となる。また検出器の回復時間は実験によりおよそ0.1sと求められた。図5から軌跡の位置分解能は2mm程度である。これにより、空間分解能がよく、同時に複数の宇宙線がチェンバーを通ってもそれぞれの飛跡を検出できる検出器が完成したのである。
 スパークチェンバーは宇宙線を目で見えるように示すことができるので、各地の科学館などで用いられている。国内のある電子計測機器製造会社では、宇宙線観察装置として取り扱いやすいスパークチェンバーを製造している。この原理図を図6に示す。上下の電極とするアルミニウム板とアクリル樹脂の角棒を側面とする薄平たい箱を30〜40層重ねた構造で、各箱にはヘリウムガスが詰められている。宇宙線の通過は上下のプラスチックシンチレータの同時計数信号で検知し、高電圧パルスを発生している。内部に空間を作り、手を入れることができて、宇宙線が手を通過することを確認できるタイプのものも製造されている(図7)。実際の観察装置を見ると、宇宙線の飛跡がきれいに見られる。光っている時間は1μs程度であるが、もっと長いように見える。また、光る箇所が上から下へ進むように見えるが、実際には全ての箇所は同時に光っている。上下のシンチレータを通過する宇宙線の数Nは,N=8×10^−3・S^2/L^2で与えられる。ここで、Sはシンチレータの面積(cm2)、Lは上下のシンチレータの距離(cm)である。観察装置は、観察しやすいように通過する宇宙線の数が毎秒1〜5個程度になるように設計されている。
<図/表>
図1 ホドスコープ
図1  ホドスコープ
図2 ホドスコープによる宇宙線飛跡の写真
図2  ホドスコープによる宇宙線飛跡の写真
図3 ホドスコープの放電状態を放電管の横から見た写真
図3  ホドスコープの放電状態を放電管の横から見た写真
図4 福井氏らによって作られたスパークチェンバー
図4  福井氏らによって作られたスパークチェンバー
図5 宇宙線をスパークチェンバーで捉えた最初の写真
図5  宇宙線をスパークチェンバーで捉えた最初の写真
図6 宇宙線観察装置の概略
図6  宇宙線観察装置の概略
図7 宇宙線を目で見る装置:スパークチェンバー
図7  宇宙線を目で見る装置:スパークチェンバー

<関連タイトル>
電離放射線 (08-01-01-01)
放射線の分類とその成因 (08-01-01-02)
放射線と物質の相互作用 (08-01-02-03)

<参考文献>
(1)M.Conversi and A.Gozzini:Nuovo Cimento,2,189(1955)
(2)S.Fukui and S.Miyamoto:東京大学原子核研究所レポート、INS-TCA10(1957)、INS-TCA11(1958)
(3)S.Fukui and S.Miyamoto:Nuovo Cimento,11,113(1959)
(4)応用光研工業株式会社ホームページ:宇宙線飛跡観察装置<スパークチェンバー>
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